谷沢永一

1吾輩は名無しである2011/03/10(木) 13:46:43.28
保守派の論客なんて肩書きがついているけれど
文学論争上の重要な人物
攻撃的なスタイルは
小谷野敦先生が衣鉢を継いでくれるでしょう

2吾輩は名無しである2011/03/10(木) 13:53:24.34
小谷野は縮小再生産ですね、わかります。

3吾輩は名無しである2011/03/10(木) 17:32:40.38
書評家「風」の正体は百目鬼恭三郎だったけど谷沢永一説もあったね。

4吾輩は名無しである2011/03/10(木) 21:13:07.25
「雉子も鳴かずば」を読むと明らかに精神状態がおかしいのが分かる。
谷沢の批評が持つ攻撃性は多分に病理的なものであって、
それを面白がってはいけないと思う。

5吾輩は名無しである2011/03/11(金) 21:29:14.01
「うつ」っていうことになってたけど双極性2型か人格障害系だったんじゃないの?

6吾輩は名無しである2011/03/11(金) 21:48:44.77
いや、由良君美のエッセイに通じる危うさがある。
精神を病んだ人間特有の文章というのがあるんだが(晩年のニーチェとか)
谷沢の文章もそれに近いものがある。
ただ、全部が全部そうという訳ではない。

7粕漬マグナ ◆i.K3ZM.pZo 2011/03/11(金) 21:57:29.23
うむ。確かに由良の書きぶりにはやばさがあるな。落ち着いた精神状態のときに書いたであろうものは読めるのだが。

8吾輩は名無しである2011/03/11(金) 22:10:35.28
そう。
「紙つぶて」なんかは毒舌ですまされるが、
「雉子も鳴かずば」の頃は由良に通じるものがある。
谷沢は学会でも孤立していたから由良のようなストレスがあったんだろう。
それに生来の気質が加わった、と。

9粕漬マグナ ◆i.K3ZM.pZo 2011/03/11(金) 22:57:07.88
だが由良は若死にしたが谷沢は男性の平均寿命までは生きただろう。この差は何なんだろうな。

10吾輩は名無しである2011/03/11(金) 23:19:21.62
由良は学内で孤立していたから本当に無援の状態で
おまけに酒に手を出した。
これでは体がもたない。

11吾輩は名無しである2011/03/21(月) 01:09:39.83
武藤康史が書評は丸谷才一、谷沢永一、中沢新一の三「一」だと書いていたが
谷沢の生まれた1929年は小沢昭一、 工藤栄一、松下圭一の生年か

12吾輩は名無しである2011/03/27(日) 20:49:29.86
>>2 小谷野って皇室廃止論者でなかったけ


13吾輩は名無しである2011/03/28(月) 23:25:40.40
谷沢→(呉智英)→小谷野

14吾輩は名無しである2011/03/30(水) 22:52:57.20
藤岡信勝と仲が悪かったね
谷沢永一は、批判されて然るべきだと思う
学者として良識を疑う藤岡信勝にいわせればただのチンチラの売文屋だそうだ
確かに、チンピラの所業といわれても仕方ない
後、谷沢は東大コンプレックスが強すぎる
バブル崩壊の時、大蔵省銀行局長を実名で罵って得意がっていたが、
そもそも、前川リポートを批判した経済学者に比べ、谷沢の公式ホームページ
からリンクされている長谷川慶太郎なんて、もろに、バブルを作ることを煽って
いたのだし、谷沢はやはり人間的におかしいと思う

15吾輩は名無しである2011/03/31(木) 00:33:29.24
藤岡信勝(笑)

16吾輩は名無しである2011/03/31(木) 10:40:12.70
谷沢永一は、東大コンプレックスが確かに強いと指摘されている
実は、渡部昇一も同じで、だからうまが合うのだろうと俺の高校の時の古文の
教師はいっていたな
谷沢永一の頃の関大は、国士舘みたいな怖そうなイメージの大学で
希望者は誰でも入れたと谷沢永一と同じ年の俺のジイサンはいっていたな
もう死んだけれども
天王寺高校から大学受験の時は「鬱状態」だったのじゃないかな

17吾輩は名無しである2011/03/31(木) 11:14:52.05
東大だけでない。京大コンプレックスの強かった十川信介批判もしてただろ。
大阪人の在野精神による官学批判ってわけだ。

18吾輩は名無しである2011/03/31(木) 11:51:07.83
美文を気取ってるところが痛いな。
開高も悪い仲間を持ったもんさ、おれは開高が可哀想でならなかった。

19吾輩は名無しである2011/03/31(木) 14:13:48.02
東京電力=清水社長

ほとんどが東大卒で占められる東京電力幹部の中で,
会長の娘をめとり,唯一,私立大(刑嘔大卒)で,
社っ長さんに,登りつめた,ズルがしこい奴。

KO大経済学部で学んだという,安全面より
徹底的な資金カットで,金儲け優先路線を走り,
震災後も,原子炉の廃炉を渋り,結果として
水素爆発を招いたのはまぎれもない事実。

福島原発付近の海では,高放射能の為,
収容できない福島県人の遺体が1000体以上あるという。


20吾輩は名無しである2011/03/31(木) 16:16:16.40
>>19
東電OL事件のホテトル嬢も父親が東大卒の東電マンで、
自分は慶応大学経済学部卒だったよね。あの事件で東電の
隠蔽体質を感じ取っていた。
谷沢永一は、今回の地震が起こる前の日に亡くなったよね。
『人間通』って、何この偉そうなオヤジはという感じを受ける
人って少なくないではないかな。

21吾輩は名無しである2011/03/31(木) 18:07:27.17
『人間通』なんかで谷沢を語るのは素人。
文学研究者なら『大正期の文藝評論』『牙ある蟻』『谷沢永一書誌学研叢』その他を語れ。

22吾輩は名無しである2011/03/31(木) 19:21:11.64
>>21
確かに、文学板的には、『人間通』や『人間通になるための読書術』なんての
は板違い。
しかし、谷沢永一スレッドだから、一般の人には、書誌学者だけれども
『人間通』が代表作なんでしょ?公式サイトにも謳っているしという受け取り
方をされてもしかない

23吾輩は名無しである2011/03/31(木) 21:10:11.73
その他を語れ。

24吾輩は名無しである2011/03/31(木) 21:55:17.12
ウィキペディアを覗いて見たら、呉智英のような三流評論家の言葉がわざわざ引用
されていてあきれた。
そのくせ、三好行雄が谷沢を評して言った「文学がわからない人間」は引用されていない。

25吾輩は名無しである2011/04/01(金) 00:32:35.63
「こんな日本に誰がした」「悪魔の思想」の感想としては
面白いけど、この文化人批判の執拗さを政治家批判にもっていけなかったのかな

26吾輩は名無しである2011/04/01(金) 01:20:16.57
>>22
「公式サイト」……? 谷沢永一のサイトなんてあるか?

>>24
三好行雄のは悔し紛れだしなあ。
小谷野敦『現代文学論争』も方法論論争のポイントを全然読めてなかったし。

27吾輩は名無しである2011/04/01(金) 23:18:00.07
過去スレを読むと、批判的な書き込みが多い。
谷沢永一は敵を作るタイプだ。もっとも、それが、躁鬱病を患う谷沢永一の
治療法らしいのだが、谷沢永一は毒舌だとか、攻撃的だとか、近年の文章に品位
がない。
谷沢が有名なのは、テレビに出ていたことと、自己啓発系の本を量産していた
からだろう。
サラリーマンは、谷沢の本はその手の本しか買わないし、読まない。
書誌学者としての谷沢の本を買って読むのは、国文学関係の仕事をしている人
じゃないかな。
一般のサラリーマンには、そんな本を買って読むような趣味を持っている人は
非常に稀と思う。
倒産したコピーの三田の社長は、そうした趣味を持っていたようだ。

28吾輩は名無しである2011/04/02(土) 00:03:30.16
ここは一般書籍板でなく文学板だろ。

29吾輩は名無しである2011/04/02(土) 19:14:40.66
>>26
人間通 谷沢永一の公式サイト と称するサイトならある

30吾輩は名無しである2011/04/02(土) 21:02:50.27
E・H・カーの引用で剰余価値学説批判とか
シュンペーターのイノベーション説でマルクス主義批判とか
この程度じゃ宇野派ですら黙らせることは出来ない

31吾輩は名無しである2011/04/02(土) 21:36:31.60
>>27
谷沢永一はよく日曜日の朝にテレビに出て竹村健一、渡部昇一、堺屋太一
と「4ピン」と言われていたね。
「あぶくだま遊戯」は面白かった。
人の文章をけなすだけでなく褒めてもいたから。

32吾輩は名無しである2011/04/03(日) 00:19:51.95
テレビで何回か見たことがあるが、博識、博覧強記であっても、
頭の良さ、文学的感性の鋭さは感じなかった。

時々NHKテレビに出演していた江藤淳と比べると、
頭の良さ、文学的才能の優劣はあまりにも明らかだった。
(一応断っておくと、才能は認めても、江藤淳は嫌いだ。)

33吾輩は名無しである2011/04/03(日) 00:42:47.02
書いたもので判断しろよw

34吾輩は名無しである2011/04/03(日) 09:59:23.55
>>30
文学板なんだけれども。
>>32
谷沢永一が躁鬱病を患っていのは有名だけれども(本も数冊出している)
江藤淳も鬱病でしょ。脳梗塞の後遺症を苦にして自殺というこになって
おり、谷沢永一のように病気をカミングアウトしていないのだが。
江藤淳が主張していたウォー・ギルト・インフォメイション・プログラム
って思い込み(証拠がない)といわれている。
正力松太郎がCIAのスパイであることは鉄板だが、正力松太郎
・読売新聞・巨人軍にそれぞれコードネームがある。
谷沢永一は毀誉褒貶が激しい。
谷沢信者(書誌学者としての谷沢永一ではなく一般人向けの本の信奉者)が
結構いるし、谷沢が大嫌いな人もいる。ある意味、創価学会のようなもの、
谷沢は保守で天皇崇拝者なのに潮出版から本を数冊出しているし、左翼系
の出版社からも本を出している。

35吾輩は名無しである2011/04/03(日) 17:41:55.23
>>34
>(谷沢は)左翼系の出版社からも本を出している。

高校教師だった時はばりばりの左側じゃなかったっけ?
サヨク経験のある右側の人は「新自由主義」には陥らないことが多いよな。
おっと長谷川慶太は例外か?



36吾輩は名無しである2011/04/03(日) 18:24:45.59
藤岡は元左翼だろw

37吾輩は名無しである2011/04/03(日) 23:18:12.25
だから「新自由主義」には陥らなかった。

38吾輩は名無しである2011/04/04(月) 00:12:18.18
谷沢は博引傍証で他人の揚げ足を取るだけで
批評の軸足がどこにあるのかさっぱり分からない
司馬や開高を論じても単なる仲間誉めの域を出ていないし

39吾輩は名無しである2011/04/04(月) 09:49:46.62
情緒に流れがちな文学研究者の中では一番論理的だったから、批判が効いたわけで。

40吾輩は名無しである2011/04/04(月) 19:21:21.51
>>35
左翼といっても、谷沢・長谷川慶太郎・藤岡は日本共産党で、
藤岡が一番党歴が長い。
東大教授になった後に、日本共産党を離党している
西部や森田実はブントでしょ。

41吾輩は名無しである2011/04/04(月) 21:36:38.06
>>35
ネオコンは、トロツキストからの転向者で、新自由主義だよね。
>>40
藤岡信勝って、東大の教授になってから共産党を辞めたの?
それから、転向したの、マジ?

42吾輩は名無しである2011/04/04(月) 22:56:49.39
藤岡は湾岸戦争をアメリカで見て、転向したそうだ。

43吾輩は名無しである2011/04/06(水) 00:17:20.59
>>39
論理的というよりは実証的だったと思いますが?
確かに研究者としてはそれでも構いませんが
批評は問題意識や対象との距離感が重要なので
そういうものは谷沢の書いたものからは感じられませんね

44吾輩は名無しである2011/04/07(木) 22:35:42.14
>>40
谷沢はブントが分派する前で暴力革命を掲げていた日本共産党の
先鋭な党員だったよ。

45吾輩は名無しである2011/04/07(木) 22:48:02.51
>>40
藤岡の主催する会合って(ソ連や中共の)共産党大会に雰囲気がそっくりなんだってな。
藤岡のプレゼンが終わるとみんな拍手して異論や異議や質問などしたら糾弾されかねない感じで。
そういえば藤岡が新自由史観に転向して例の反自虐史観歴史教科書を出したのに谷沢が噛みついたことがあった。
それで保守陣営がかなり揉めた(藤岡・西尾VS谷沢・西部など、それ以後は誰が敵か味方かしっちゃかめっちゃかw)

「藤岡は保守陣営攪乱のために日共が送り込んだスパイ・・」なんてまことしやかに語られた。

46吾輩は名無しである2011/04/07(木) 23:30:57.34
>>45
今は藤岡が会長・西尾の弟子が副会長に納まっているね
谷沢永一が『絶版勧告』を出したは、単純に躁状態の時の金儲け
と、調子に乗ってのことだろう(俺はつくる会を擁護はしていない)
谷沢の盟友渡部昇一が「つくる会」に入っていなかったからそれに
関しての谷沢の私怨と「つくる会」は主張している。渡部昇一は
自分の意志で加わらなかっただけで、加われば理事になれたというのは
「つくる会」の主張だ。渡部昇一は統一教会との関係を噂され、「つくる会」
は「生長の家・日本会議」と繋がりが深い。(やはり何かあるのだろう)
谷沢は歴史問題解釈に関しては、自己矛盾していると思われる。
谷沢の友人として司馬がいるが、司馬は歴史学者からは歯牙にもかけられて
いない。
司馬史観とは、大東亜戦争の時の日本はキチガイだったと歴史解釈だから
自虐史観だろう。
谷沢は書誌学者としての顔と躁状態による売文屋としての顔と、天皇崇拝者
で保守言論人としての顔を持っていたが、
谷沢には、「憂国の心」を覚えることはなかった。
ただの、個人主義者で拝金主義者だったのではないだろうか。

47吾輩は名無しである2011/04/08(金) 00:12:02.06
そもそも藤岡が司馬を評価してたからな
司馬すら自虐史観と言い出したのは小林よしのりだろう
朝日と産経から好意的に扱われるのが司馬だ

48吾輩は名無しである2011/04/08(金) 01:13:29.34
単純に保守論壇内の縄張り争いで
教科書問題に火をつけたのは渡部昇一なのにひと言も挨拶が無かった(ケシカラン)
そして今度は司馬史観(という自分の縄張りにも)手を出してきた、
と谷沢が噛みついて、何回かの応酬のあとに

藤岡が「何も(司馬は)お前(谷沢)だけのものではないだろう」
と正しい本音をポロっと出したのに対して
谷沢が言質をとるような形で「ついに本音が出たな(泥棒猫め!)」
と尻をまくるような形で勝手に勝利宣言をだして終わった

まあ近年稀に見る薄汚い論争でしたね

49吾輩は名無しである2011/04/08(金) 02:48:00.19
旧友の向井敏は丸谷才一グループに入ったな
紙つぶての愛読者である坪内祐三は、向井と丸谷グループの気持ち悪さを批判していた

50吾輩は名無しである2011/04/08(金) 03:03:24.39
>>43
方法論論争・作品論批判でも「実証主義者」と見られがちな谷沢だけど、
実証だけでなく論証も大事と最初から言っとったことは『牙ある蟻』にも書いてあるっしょ。
で、谷沢の研究者批判もだが、作品論である「人間失格」読解なんかも、基本は論理的なもの。
つまり書いてある言葉を拾って(ここまでは実証)、それをつないでる筋(=理)を見出し、それに沿って、
かくかくだからしかじかになると理詰めで説き進めとる。これが論証。
その論証に不備や行き過ぎもあるにせよ、谷沢程度に論理的な研究者すら学界に無かったため誰も碌に太刀打ちできなかったわけ。

51吾輩は名無しである2011/04/08(金) 23:59:21.16
>>50
うーん、それは「実証性」や「論理性」という言葉の捉え方に
あなたと私との間に違いがあって
私が>>43で述べた「実証的」というのは、

特定のテキストは作者の意図や時代的文脈から読み解かねばならず
そのためには当該テキストを構成する用語の意味や風俗をテキスト外の
文献を広く渉猟する必要がある、ということです

で、これらの「実証的」作業の裏付けが無い限りは、
いくら外見上「論理的」構成を持っていても
1つの閉じられた虚偽表示(イデオロギー)にすぎない、と
まあ、スコラ的学問ギルドを実証性で粉砕した谷沢というのが分かりやすいですかね?

だから、本人も「学問に王道なし」ということで
広く文献にあたることを奨めているのだと思いますが?

ただ、こういった姿勢は研究者としては至極まっとうなものですが、
批評としてはどうなんでしょうか?と>>43でいったわけです

52吾輩は名無しである2011/04/09(土) 00:16:09.31
>>51
谷沢が「広く文献にあたることを奨めている」のはその通り。『遊星群』がその成果だね。
ところが主著『大正期の文芸評論』『明治期の文芸評論』はむしろ内在的読解なんだ。
評論家のテキストを読み込んで、そのテキストを底で構成する論理を明るみに出すものだった。
その延長上に『牙ある蟻』もある。
これらは、「批評」と呼んでもいいんでないかい?(無論、文献も大いに援用しとるが)

53吾輩は名無しである2011/04/09(土) 15:50:08.65

54吾輩は名無しである2011/04/09(土) 22:56:46.81
>>52
>ところが主著『大正期の文芸評論』『明治期の文芸評論』はむしろ内在的読解なんだ。

いや、それでも大正期の文献をゴシップ記事も含めて広く集めていますよ
問題はその批評の軸がどこにあるのか分からない、と言う事なんです

前にも書いたように批評対象と批評家との距離(規準)が良く分からない
私は谷沢の仕事は豊富な文献資料に基づいて実証的に
閉鎖的知識の体系(マルクス主義も学閥も)突き崩すことに特色があったと思いますが
極めて「私」性の強い批評ではどんな原理を打ち出したのだろうか?と思うんですよ

上にある藤岡との司馬史観論争でも司馬の歴史観は「私」観であり、
教科書論争の具として公論として利用されるものではない、として退けたのですが
ただ、司馬の「私観」を論じる谷沢の「私見」にどんなものがあったのか?
それがよく見えない
おそらくは小林秀雄以上に先鋭的なイデオロギー批判をした人間の
批評原理がぼかされているここが問題なんですね
若かりし頃のヴァレリー体験と精神的危機の克服も含めて
この「私」性の欠如が気になりますね

55吾輩は名無しである2011/04/09(土) 23:35:27.15
何故か保守派に見られてる人だよなあ。
あの人は徹頭徹尾左翼のまんまで、戦略として
保守的言論を行ってたと思うんだけど。
そう考えないと、理屈がたたん面がたくさんあると
思うんだが。

56吾輩は名無しである2011/04/10(日) 00:00:57.06
あの世代はアカデミックポスト獲得のために
共産主義運動を利用した人間がたくさんいます
谷沢は私大である関西大出身なので
文部官僚、理事会、京大・阪大との対応で
いろんな顔を使い分けたのでしょう

57吾輩は名無しである2011/04/10(日) 00:34:20.09
>>54
「軸」とか「原理」とか、なにそれ? 
他の人の例でもいいけど、具体的にどんなのを想定してるの? 
マルクス主義に抵抗するのに「原理」で以てするなら、イデオロギーに嵌ってることでは一緒になる罠。
あの手この手の「方法」はあっても、何にでも当て嵌められる便利な「方法論」なんてあるもんか
――ってのが谷沢のスタンスでしょ。
佐藤春夫が菊池寛と批評基準について論争をやったときの言葉を谷沢は引いてたっけ。
「万人を首肯せしむるに足るさうして馬鹿と不正直者とが使つても決して狂はない物差し」
……そんなものがあり得るか、と。
「印象批評は彼自身の全て(勿論、彼の理性もそのなかに這入つてゐる)を一つの物差にする。」
だから『大正期の文芸評論』でも、批評家たち(の文献=テクスト)に即しながらそこに内在する論理を手繰り寄せたんでないの?
今度は谷沢って「批評家」の文献を解剖して、その論理(原理ではない)を明らかにする作業が求められるわけだ。

58吾輩は名無しである2011/04/10(日) 17:37:58.37
>>57
>マルクス主義に抵抗するのに「原理」で以てするなら、イデオロギーに嵌ってることでは一緒になる罠。
>あの手この手の「方法」はあっても、何にでも当て嵌められる便利な「方法論」なんてあるもんか

例えばマルクス主義の科学主義・歴史主義といった決定論に対して
小林秀雄はそれも1つの並置可能なイデオロギーに過ぎないと喝破した
そこで批評とは作品に内在する固有の論理とそれを読み解く人間との間に
共通点があって初めて成立する行為だとしたわけです

で、こういった内在批評にたいして「そんなのあたりまえじゃないか」
と言い放った谷沢が自身の批評で「私」的基準が示した事はない
それで開高はいい、司馬はいい、と言われても困りますね
そんなのは単なる個人の好悪であって、説得力はありません

59吾輩は名無しである2011/04/10(日) 18:03:49.10
谷沢永一がなんで開高や司馬を褒めているかわからないってだけの話だろ
小林が喝破って、そういう小林史観に大正期の文芸評論で抵抗したんじゃなかったの

60吾輩は名無しである2011/04/10(日) 18:09:30.61
>>58
ってことは、小林秀雄の私批評には好悪でない「基準」があったわけ?
小林が「自身の批評で「私」的基準を示した」ことなんてあったっけかなあ。例を希望。
そもそも個々人の好悪を離れて批評はないんだが、その好悪の理由を述べて説明することはできるはず。
あとは、その説明が実証・論証の両面で成立してるかどうか。説得力はそれ次第。
谷沢に即すと、概して、これはいいと説く時よりもこれはいかんと批判する時の方が説得力あったな。
カント以来の批判主義にとって基準があるとしたら、それは否定形で述べられるものであって、
ポジティブな言明はしにくいんでないの。独断論になるものね。

61吾輩は名無しである2011/04/10(日) 18:25:12.77
>で、こういった内在批評にたいして「そんなのあたりまえじゃないか」
と言い放った谷沢が

そんなこと、谷沢が書いてたか? どれで読めます? 

62吾輩は名無しである2011/04/10(日) 23:33:59.63
>>55
谷沢永一は左翼ではなく、拝金主義だと思うね

63吾輩は名無しである2011/04/11(月) 00:00:13.08
>>60
>ってことは、小林秀雄の私批評には好悪でない「基準」があったわけ?
>小林が「自身の批評で「私」的基準を示した」ことなんてあったっけかなあ。例を希望。

私は自分の夢を語る、と言ってるでしょう
ただ、その「私」も懐疑的なものであるわけで
小林は一貫して自分はこう思うという立場で内在批評を展開してきた男です

>そもそも個々人の好悪を離れて批評はないんだが、その好悪の理由を述べて説明することはできるはず

それが谷沢の批評には欠けている、と言っているのですが…

>カント以来の批判主義にとって

でも、それが美学の起源ですからね
仮に谷沢の実証性に基づいた批判が
結果として反証主義に近い効果をもったとしても
それなりの基準と説明が求められると思います
それが社会性や責任ということなので…

64吾輩は名無しである2011/04/11(月) 00:01:39.52
>>61
孫引きで恐縮ですが向井敏の文章読本に引用されていますよ

65吾輩は名無しである2011/04/11(月) 00:21:17.65
>>63
>私は自分の夢を語る
え、そんなもんで「基準」になるのかよ。それって「好悪」とどこが違ってるの。

それに谷沢は、批判する時にちゃんと駄目な理由を言葉にして論ずる方だよ。
小林秀雄とか三好行雄の方がよっぽど理由抜きの決めつけ(独断論)だ。

66吾輩は名無しである2011/04/12(火) 21:28:43.20
>>65

小林秀雄の批評は対象を自分の心象の中の物と捉えて
それが意識の地平に上るのはなぜか?と考える
ただ、その意識自体は対象や伝統、そして社会の中で生まれたものなので
絶対化はされない、だから自分の夢を懐疑的に語る、小林批評といわれている
だから、独断論というわけでもない

どちらかというと科学の絶対主義に対する懐疑論であり、
その拠点たる「私」なんですね
で、イデオロギーの専制を批判しながらも、小林がしたような
立場表明と批評を谷沢がした形跡はない
旗幟を鮮明にしなければ反証性によっていくらでも批判できる
これはポストモダニストが行った批判も同様です
で、批評とは何らかの規準を提示しない限りは単なる悪口になるので
そんなのは誰でもできます

67吾輩は名無しである2011/04/13(水) 00:21:00.38
小林秀雄は天才崇拝で、「芸術」の絶対主義への懐疑が足りない。特に後期ほど。
規準も理由も示さずゴッホはいい、宣長はいいと断定するばかりで、ありゃ独断論さ。
大体、谷沢の批判で大事なのは「イデオロギーの専制」への批判よりは、
近代文学研究者たちの議論の論理上の不足を突いたところだよ。
規準だとかの問題ではない、筋追って丹念に読解すれば論理的に指摘できること。
誰でもできるって? そんな批判すら出来てなかった学界が責められるべき。
『牙ある蟻』が「単なる悪口」に見えるのなら、読めてなさすぎではないか。

68吾輩は名無しである2011/05/26(木) 17:36:42.23

69吾輩は名無しである2011/06/14(火) 10:46:13.69
30万冊も本を所蔵してどうするのかな

70吾輩は名無しである2011/06/15(水) 15:54:23.11
図書館に行かないでおうちで勉強できるのさ。

71吾輩は名無しである2011/06/20(月) 20:45:27.21
俺が嫌いなのは谷沢ではなく必要以上に熱狂するファンなのだ
結局奴らは学校や仕事先でがんばれてなかったり、勝ててなかったりする奴らの
集まりで、それをひいきの谷沢に託し、谷沢が頑張れば自分も頑張った気になるし、
それで成功すれば自分も成功したような気になるのだ
俺の様に毎日2chで戦ってる人間なら人を応援する余裕なんてある訳がない

72吾輩は名無しである2011/06/20(月) 21:17:28.78
なんのコピペ?

73吾輩は名無しである2011/06/20(月) 21:37:41.35
調べたらダウンタウン松本だった

74吾輩は名無しである2011/07/24(日) 13:39:10.44
>>毎日2chで戦ってる人間
尊敬じまず!

75吾輩は名無しである2012/01/15(日) 17:48:06.57
死んだんだ。ずっと気づかなかった。

76吾輩は名無しである2012/01/15(日) 18:34:20.52
320 名前:v(・x・)vピース ◆JSPf4VvHXo :2012/01/15(日) 17:59:48.91
俺は死なないよ?
25 名前:吾輩は名無しである :2012/01/08(日) 19:33:00.92
                                (((( ヽリ))゙、 ここだけは嵐が無縁とゆうのは、
                                くl li#゚ ヮ゚ノilヽ それはムシが良すぎるとゆうものですわ。 ルン♪
                                ノ⊂) 愛 iつヽ      
                                _,,-'l ̄ ̄ ̄t___、
                     キュラキュラ   ,,,-'"  | .┌┐ | | lニニニ00           
                             | ..   !.└┘ ! | l二二i二iニニニニニニニニニ(二(O)
          ↓>ピース.     ,_______!___|_____|__二二コヽ_、        
                      √ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄ヽニニニニニニニニヘ  
            /|__/|   /__________|______|__ト===ト_[:lニフ====・__
 ////////<//////>//'フ-'''''''''''(@)''''''(@)'''''''(@)''''''''''''',-`y―→ ̄ ̄ ̄ ̄\「ニニヽ 
       ⊂//     /⊃  (◎):::::_i=====i_:::_i=====i_:::::(◎)ニニニ)二二二二フ)ニニニ);∵
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    「__ __フ

772012/01/15(日) 18:48:26.24
320 名前:v(・x・)v村上春樹覚醒剤ゴキブリ ◆JSPf4VvHXo :2012/01/15(日) 17:59:48.91
俺は死なないよ?
25 名前:吾輩は名無しである :2012/01/08(日) 19:33:00.92
                                (((( ヽリ))゙、 ここだけは嵐が無縁とゆうのは、
                                くl li#゚ ヮ゚ノilヽ それはムシが良すぎるとゆうものですわ。 ルン♪
                                ノ⊂) 愛 iつヽ      
                                _,,-'l ̄ ̄ ̄t___、
                     キュラキュラ   ,,,-'"  | .┌┐ | | lニニニ00           
                             | ..   !.└┘ ! | l二二i二iニニニニニニニニニ(二(O)
          ↓村上春樹覚醒剤ゴキブリ___!___|_____|__二二コヽ_、        
                      √ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄ヽニニニニニニニニヘ  
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    「__ __フ

78吾輩は名無しである2012/03/28(水) 01:25:25.77
.

79吾輩は名無しである2012/05/05(土) 00:35:33.53
TBSの日曜放談で見たことがあります。
1991年。
時事通信の屋山太郎さんと語っていました。

80吾輩は名無しである2012/08/13(月) 23:52:50.35
谷沢って凄く嫌われてるんだな。
昔大学受験で、一次試験合格。
二次試験の面接で愛読書は谷沢永一の紙つぶてですって言ったら、
凄い険悪な雰囲気になって、人を小馬鹿にするようなことばかり
いうので、最後は口論になり、落とされた。
今思い出してもむかつく。

81吾輩は名無しである2012/08/14(火) 00:56:44.45
まず左翼からの転向者である谷沢は保守系批評家として当時大学に多く寄生していた
進歩派知識人を片っ端から撃破していった。
それと同時に文学研究者としては旧弊な国文学界隈に単身で切り込んで行った。
要するに思想の左右や学部の如何を問わず学会全般(文化系ですが)を敵に回したというわけです。

82吾輩は名無しである2012/08/15(水) 22:06:32.71
>>80
だって、谷沢先生の本を読めば分かるじゃん。
自分で谷沢先生、言ってるじゃん。
大学の世界で嫌われ者の投票をやったら、間違いなく自分が満票を得たであろうと(笑)。

83吾輩は名無しである2012/08/29(水) 04:20:06.15
『文豪たちの大喧嘩』が文庫化されたけど、売れてるのかな
谷沢の傑作の一つだけど、この本は国文学の専門家の間では、
無視されているのかしら
 

84吾輩は名無しである2012/09/01(土) 11:40:28.10
読まれはするが、そもそも評論史・論争史研究がすたれちゃってるからな。
柄谷行人らの『近代日本の批評』でも、明治篇は小森陽一・野口武彦ら専門家の協力を仰いでたっけ。

85吾輩は名無しである2012/09/01(土) 11:51:36.51
谷沢は大正期から昭和初期が専門だったかな。
ちょうど文壇ジャーナリズムの隆盛期で風俗研究としてもかなり重要だと思うんですよね。
日本社会の風俗が近代化による都市経済の発達によって激変し始めたのがこの頃であって。
文芸社会学上の参考文献としての価値も高いんじゃないんでしょうか?

86吾輩は名無しである2012/09/01(土) 14:23:21.01
>>85
いいや、『文豪たちの大喧嘩』は明治期の文学論争史だ。
谷沢著には『明治期の文芸評論』(一九七一年)もあっただろ。
風俗資料をも含む『遊星群』だって明治篇・大正篇・明治篇大正篇補遺の三巻だ。
昭和前期の文藝評論について本を書くつもりもあったらしいが、鬱でパアになった。

87吾輩は名無しである2012/09/01(土) 17:29:23.63
扱う時代がちがうけど、最近の論争史の本では、小谷野敦の本よりは、谷沢の本のほうが読みごたえあった。


88吾輩は名無しである2012/09/01(土) 21:29:25.00
そういえば小谷野さんは再就職先が見つかったんですか?

89吾輩は名無しである2012/09/01(土) 23:59:00.98
小谷野は、三好・谷沢の方法論論争の軍配を三好に挙げてたけど、そうなのかなあ

90吾輩は名無しである2012/09/02(日) 00:04:58.91
小谷野の軍配は見当外れ。論争を論点ではなく人間関係や心理に還元して判断するから。

91吾輩は名無しである2012/09/05(水) 13:35:07.10
nibuya‏@cbfn
http://twitter.com/cbfn/status/243181123176378370
谷沢永一は中村光夫のある評論に於ける文献的見落としを指摘して「中村の杜撰さ」を批判する。
このやり方は相手の服装からボタンが取れていることの発見−指摘において相手の服装の失敗を暴露するもので、必ず「勝つ」論法である。
しかしボタンなしでも服装は成り立つので、真の論争はそこから始まる

しかし谷沢氏の論法は、ボタンが取れている以上相手は「裸だ」という結論に一挙に達し、その結果、相手が実はどんな服装をしていたかに及ぶことが殆どない。
したがってそこから真の批評的論争が展開することが殆どない。氏の仕事が文献的怠慢に対して倫理的な力を発揮したことは重要な貢献だが

逆にそのやり方は、文献を調べ尽くす資力も時間も持ち得ない者への一撃での排除を含み、その結果皮肉なことに氏の嫌いな筈の「知識人の覇権」の別の牙城を形成してしまう温床にもなる。

92吾輩は名無しである2012/09/06(木) 03:28:45.14
谷沢は、福田恒存や平野謙を高く評価してたけど、
中村光夫を昔から嫌っていたみたいだ

樗牛の美的生活論へのニーチェの影響を否定した谷沢の論は、
晩年の中村にはかなり応えたんじゃないだろか

93吾輩は名無しである2012/09/06(木) 22:17:08.78
論争したことない丹生谷に真の論争とか言われてもな

94吾輩は名無しである2012/10/11(木) 22:34:12.99
谷沢はどんどん右傾化していったけど、小田切秀雄はそれをどう見ていたんだろう
谷沢は生涯、小田切への恩を忘れなかったみたいけど

95吾輩は名無しである2012/10/12(金) 05:15:46.34
一方で谷沢は小田切進を嫌って色々批判しとったっけね。
兄弟の仲はどうだったんだ?

96吾輩は名無しである2012/10/13(土) 21:25:43.05
丸谷才一死去

97吾輩は名無しである2012/12/23(日) 10:53:58.39
西尾忠久氏も今年亡くなったのか

98吾輩は名無しである2013/09/09(月) 02:51:06.00
同人誌『千里眼』掲載のを収めた単行本出ないかな

99吾輩は名無しである2013/10/04(金) 21:25:04.59
1920 鮎川信夫 高木彬光 安岡章太郎 アイザック・アシモフ レイ・ブラッドベリ
1921 大森荘蔵 小峰元 南部陽一郎 盛田昭夫 山本七平 スタニスワフ・レム
1922 瀬戸内寂聴 鶴見俊輔 服部達 三浦綾子 山田風太郎
1923 芦部信喜 池波正太郎 遠藤周作 司馬遼太郎 田村隆一 森嶋通夫 吉田満  イタロ・カルヴィーノ
1924 相田みつを 安部公房 山崎豊子 吉本隆明
1925 梅原猛  田中小実昌 橋田壽賀子 三島由紀夫 ロバート・ラウシェンバーグ
1926 安野光雅 奥野健男 立原正秋 星新一 ジャン=ピエール・セール ミシェル・フーコー
1927 石牟礼道子 江川卓 北杜夫 藤沢周平 マービン・ミンスキー ニクラス・ルーマン
1928 網野善彦 河合隼雄 木田元 澁澤龍彦 光瀬龍 森毅 アンディー・ウォーホル チェ・ゲバラ ノーム・チョムスキー フィリップ・K・ディック ウンベルト・マトゥラーナ
1929 色川武大 小沢昭一 草間彌生 谷沢永一 都筑道夫 ミヒャエル・エンデ

100吾輩は名無しである2013/12/15(日) 17:38:04.87
1922 ジョゼ・サラマーゴ(ポルトガル)98
1923 ナディン・ゴーディマー(南アフリカ)91 ヴィスワヴァ・シンボルスカ(ポーランド)96
1926 ダリオ・フォ(イタリア)97
1927 ギュンター・グラス(ドイツ)99
1928 ガブリエル・ガルシア=マルケス(コロンビア)82
1929 ケルテース・イムレ(ハンガリー)02

101吾輩は名無しである2014/03/28(金) 20:47:21.00
御存命なれば、中野剛志、適菜収らをどのように評してただろう。
また存命中に佐伯啓思には何と言ってたんだろう?反幸福論以前に、谷沢氏がコテンパンに叩いた「清貧の思想」を彷彿させる発言をしてたから。

102吾輩は名無しである2014/04/21(月) 17:57:29.23
谷沢は家が裕福だったのでしょ。
貸家を沢山持っていて賃料だけで食べていけた。
だから好きな読書に没頭できた。
学歴にもこだわらず好きに生きることができた。
ある意味とても幸せな人生だった。

103吾輩は名無しである2014/04/28(月) 08:44:59.41
なにかと誤解してるね >>102

104吾輩は名無しである2014/08/12(火) 15:46:36.33
明治期の文芸評論 (八木書店 1971.5)
署名のある紙礫 私の書物随筆(浪速書林 1974.11)
標識のある迷路 現代日本文学史の側面 (関西大学出版・広報部 1975.1)
読書人の立場 (桜楓社 1977.10)
牙ある蟻(冬樹社 1978.8)
完本・紙つぶて 谷沢永一書評コラム 1969-78 (文藝春秋 1978.8)
読書人の園遊 (桜楓社 1978.10)
読書人の壺中 (冬樹社 1978.11/「完本」潮出版社 1990.12) 

105吾輩は名無しである2014/09/24(水) 21:59:23.05
「書斎のポトフ」好き

106吾輩は名無しである2014/12/18(木) 14:08:25.65
本当のところ、谷沢永一って学者としてはどういう評価だったの?
専門の学者からはどう評価されてたの?
教えて!

107吾輩は名無しである2015/02/18(水) 22:17:50.74
>>101 そしてピケティはもとより、資本主義は終焉に向かうとのたまう面々にも。

108吾輩は名無しである2015/02/22(日) 17:19:20.40
「日本人の論語〜『童子問』を読む〜」(PHP)はいい仕事だと思うがね。

109吾輩は名無しである2015/03/05(木) 11:38:37.88
『文章心得帖』 鶴見俊輔

谷沢永一のけなす書評は、「相手をひっくり返しておいて、相手が謝っているところを、その眉間(みけん)を下駄で割る、そういう種類の文章です。」

110吾輩は名無しである2015/03/07(土) 18:32:16.46
小谷野敦 @tonton1965
http://ask.fm/tonton1965

以前谷沢永一や中野三敏について、微妙な評価を下していたつぶやきを見た覚えがあるのですが、その理由は?記憶違いでしたら申し訳ありません。都築亮介

谷沢はまあ右翼だし、あと浦西がやっている書誌の対象選択が変で、存命の大阪出身作家とかやる。三敏は、中村幸彦とかに比べて評価が高すぎる。

111吾輩は名無しである2015/04/09(木) 18:49:39.88

112吾輩は名無しである2015/04/09(木) 18:52:29.84
小野谷はブログを読むと谷沢を高く評価していると思うよ
理由はわからないけど

113吾輩は名無しである2015/04/09(木) 19:36:09.74
広辞苑批判は面白かった。

若いころに反日左翼な馬鹿人間でも、年を重ねて成長すれば、まともそうな中道の愛国者然としていられるわけだ。

114吾輩は名無しである2015/04/10(金) 04:54:18.12
谷沢は日本文芸学を馬鹿にしていた。
そりゃ、一般の国文学から見れば、日本文芸学なんて
過去の存在かも知れないけど、雑学と化した鵺のような日本文学
の研究を「文芸性の追求」にのみ純粋化しようとした試みは尊い。
「日本文学」を対象とする歴史学・社会学・文化学、ひいては人間学
のような研究の量産には閉口する。
「日本文芸」を対象とする美学芸術学として、文芸性(叙事性・抒情性・自照性)
と美的範疇論のどこが悪い?「文芸」を資料として、歴史・社会・文化・人間を
を考えるなんて糞くらえ!!

115吾輩は名無しである2015/12/14(月) 09:44:47.26
遊星群―時代を語る好書録 明治篇・大正篇補遺 単行本 - 2010/3
谷沢 永一 (著)

[完本]巻末御免 単行本(ソフトカバー) - 2010/3/24
谷沢 永一 (著)

日本の命運を決めた『坂の上の雲』の時代~日露激突・雲外編~ 単行本(ソフトカバー) - 2010/12/3
谷沢永一 (著), 太平洋戦争研究会 (著)

組織を生かす幹部の器量 ハードカバー - 2011/9/16
谷沢 永一 (著), 渡部 昇一 (著)

開高健の名言 オンデマンド (ペーパーバック) - 2012/10/12
谷沢 永一 (著)

本はこうして選ぶ買う オンデマンド (ペーパーバック) - 2013/10/1
谷沢 永一 (著)

開高 健の名言 (ロング新書) 新書 - 2015/7/28
谷沢永一 (著)

116吾輩は名無しである2016/04/03(日) 00:33:28.30
選集でたね

117吾輩は名無しである2016/05/06(金) 23:30:33.77
谷沢永一 二巻選集 上 精撰文学論
浦西 和彦 (編集)
出版社: 言視舎 (2016/1/30)

精緻な書誌学者として知られる文学研究家、辛辣な書評で鳴る文芸評論家、「人間通」という言葉を広めた張本人で人生論の達人……
多岐にわたる谷沢永一の仕事の精髄を、上巻は文学論、下巻は人間論の二巻に凝縮した決定版。
生きた文学だけがここにある!
★谷沢永一:1929〜2011年。文学者、書誌学者、元関西大学名誉教授。著書多数。
1980年『完本 紙つぶて』でサントリー学芸賞、2004年『文豪たちの大喧嘩 鴎外・逍遥・樗牛』で読売文学賞研究・翻訳賞、
2006年『紙つぶて 自作自注最終版』で毎日書評賞ほか受賞。
★下巻は鷲田小彌太編で「精撰人間通」、2016年春刊行の予定。
★目次
▼第一章 日本近代文学史の構想 
▼第二章 近代文学論争譜
 
▼第三章 作品・作家論〜広津和郎、谷崎潤一郎、高見順、坂口安吾、太宰治ほか
 
▼第四章 文章読本〜山本周五郎、江戸川乱歩、石川喬司、佐藤春夫、開高健、林達夫、司馬遼太郎、
河盛好蔵、寺田透、三好達治、伊藤整、向井敏、中野重治、室生犀星、反町茂雄、柴田宵曲、中村幸彦

118吾輩は名無しである2016/05/11(水) 13:54:06.50
金子良事
谷沢永一さんが生きてたら、渡部先生もここまでにはならなかっただろうな。
2016年5月4日

119吾輩は名無しである2016/05/12(木) 18:05:35.04
最近、渡部昇一読んでないけど、どうなっとるの。

120吾輩は名無しである2016/05/14(土) 09:39:54.04
2014年4月13日 (日)
司馬遼太郎の書庫について
http://tstudy.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/post-8a69.html

谷沢永一氏の『本はこうして選び買う』(東洋経済新報社、2004)を読み返していて理由が分かった。長いが引用する。

「司馬さんの合理主義は徹底していて、仕事が済んで要らなくなった本は、ことごとく処分するという方針である。
司馬さんが亡くなった直後、私は、『文藝春秋』の要請で、司馬さんの書庫を拝見に参上した。
そこで私がつくづく感じいったのは、戦国または幕末の、司馬文学に必須であり、時に司馬さんが引用している文献が、
きれいさっぱり処分されて、影も形も見えないことである。司馬さんには未練も虚栄もない。済んだものは済んだ。要らんものは要らん。
司馬さんの心構えを見習わなければならぬと私は思った。」(157頁-158頁)

井上ひさし氏の約22万冊の蔵書が遅筆堂文庫となっているのに比べて少な過ぎると思ったが、
司馬遼太郎氏は上手に処分していたのだ。それでも6万冊か。

121吾輩は名無しである2016/05/17(火) 10:03:57.52
2016-05-15 古本夜話555 宮島新三郎『改訂大正文学十四講』

それにつけても残念なのは谷沢永一の『大正期の文芸評論』(中公文庫)や紅野敏郎他編『大正の文学』(有斐閣選書)に言及がないことで、
やはり早逝もあってか、宮島も忘れられたマイナーな評論家というポジションに置かれているのであろうか。
http://d.hatena.ne.jp/OdaMitsuo/20160515/

122吾輩は名無しである2016/05/20(金) 09:31:36.18
1907年『煩悶記』也奈義書房出版、岩本無縫篇。内容は藤村操が実は生き延びて書いたとする偽書。出版直後に発売禁止処分になる。
藤村は自殺未遂後、下山し、海賊船で世界を巡り、パリで悟りを開く。それを原稿にまとめて知人に託したものをまとめたものとする。
「予は迷ひ初めたり。予は疑ひ初めたり。予は泣きたり、煩悶したり」と始まる。
内容は社会主義や無政府主義の強い影響を受けており、発禁処分もそのためとも言われる。
現在、3冊しか存在が確認されていない希少本であり、神田古本まつりに出展された際には、147万円の高値がついたことがある。
そのうちの一冊は、野間光辰が所有していたことが判明し、
また別の一冊を谷沢永一が所有しており、その全文が『遊星群 時代を語る好書録 明治篇』に掲載されている。

123吾輩は名無しである2016/06/03(金) 00:52:54.76
『三田文学』「昭和文学ベストテン」(2007年秋号)

山本周五郎「樅の木は残った」
深沢七郎「楢山節考」
富島健夫「ベアトリーチェ凌辱」
「小説という筆法でしか描けない問題三つ。政治・家族・性愛、以上を他の誰にも較べられない表現を達成した独創を評価する」

124吾輩は名無しである2016/06/11(土) 13:00:44.60
谷沢の鴎外攻撃は何がなんだかわからなかったなあ

少し上の世代、近い世代(三島由紀夫とかね)の鴎外評と並べてみたりしてなんとなく見えてきたけど

125吾輩は名無しである2016/06/13(月) 00:28:19.28
文藝時評大系 全73巻・別巻5(索引)
http://www.yumani.co.jp/np/isbn/9784843316733

◆同時代の評判が伝達につながる
谷沢永一関西大学名誉教授
 現代社会では、能や歌舞伎や新劇など、舞台で上演される伝統演劇よりも、身近なテレビドラマの方こそ同時に多数者から迎えられ、
つぎつぎと名作が出現して、比較すれば圧倒的な優位に立っている。
実状が疑いもなくそうでありながら、逆に電波演劇が軽んじられ忘れられてゆくのは何故か。
能に能評あり劇場興行に劇評あり、そしてテレビドラマ評がメディアの次元でおこなわれないからである。

 菊池寛がちょっと拗れて嘆いたように、文藝作品もそれ自体としてなら、十年の寿命をもって足れりと諦めざるをえないであろう。
しかし文藝作品に関するかぎり、同時代評と文学論の広酬と文学史の記述に包まれて、幸いにも後世に伝え残されることができた。
とくに小説は美術と異なって、時代ごとに移り変る読解の姿勢に頼らざるをえない。評判が製作者と読者社会の架け橋となってきたと思われる。

126吾輩は名無しである2016/06/25(土) 11:53:46.27
扉野良人
曽根博義さんが亡くなられた。お会いしたことはないが、EDIの松本八郎さんが編集した『サンパン』に、
平井功の年表を作成して掲載したのを曽根さんが褒めてくださってると松本さんからうかがった。
私の平井功レポートがそのあと続かなかったのだから、褒められたものではないが、ありがたく思った。
2016年6月21日

127吾輩は名無しである2016/06/26(日) 23:16:20.13
平井功は近年著作が復刊されたりして
ついでと言っては何だが、平井と日夏耿之介の不名誉なゴシップまで出回るようになった

128吾輩は名無しである2016/08/18(木) 20:19:34.09
KAJIO
読むべき国文学者は誰か、と学生に訊かれたので、谷沢永一・紅野敏郎・平山城児・山内祥史の4氏の名を挙げておいた。
2016年6月13日

129吾輩は名無しである2017/01/18(水) 22:58:46.32ID:6d9Gbj0R
神保町のオタ
東京の趣味展も凄いらしいが、大阪古書会館の「たにまち月いち古書即売会」も大豊作ぢゃ\(^o^)/
http://pbs.twimg.com/media/Ci4kFv0UYAAdTHt.jpg

一緒にあさってた爺さんが、「これらは谷沢永一旧蔵」と言ってて、ほんまかいなと思いつつ、谷沢旧蔵ならといらんもんまで買ってしもうた(*_*)
しかし、あの爺さん、何者だ( ・◇・)?

書物蔵
「谷沢永一旧蔵」となっ:(;゙゚’ω゚’): うん、しかし、谷沢逝いて5年、さういふ時期になったのぢゃらうか… 
文圃閣さんが、手紙の返事がこないこない、といふてるうちに亡くなってしまったのぢゃった…
20 May 2016

神保町のオタ
いつぞや何者と思ったじいさんは「堀部」というらすーぃ。ん、(◎-◎;)

もう一人かつて谷沢らと共に並んでたという「森田先生」は中之島図書館にいた森田俊雄という人かなあ( ・◇・)?

森 洋介
堀部功夫氏か? 「「紙つぶて」書誌補記」(『近代文学と伝統文化 探書四十年』和泉書院、2015所收)
は谷沢永一讀者なら必讀。
9 Sep 2016

130吾輩は名無しである2017/01/24(火) 18:12:29.49ID:2PbXPq1R
08/11: 1978年3月『日本古書通信』584号 木村 毅「明治アメリカ物語」
http://ryubun21.net/?itemid=10868

ブログ「古書モダン・クラシック2015−5−23」に長崎「ふるほん太郎舎」の話として
「それは文芸評論家で、二〇十一年に亡くなられた故谷沢永一が、阪神・淡路大震災で被災した時の話。
蔵書家として有名な谷沢は、自宅の書庫に十六万冊(!)もの蔵書を収めていた。
だが大震災で被災し、書庫は滅茶苦茶になってしまった。もはや回復不可能なまでに散乱した書庫の惨状を見て谷沢は
『或る本が書庫のどこかにある筈だ、というていたらくでは持っていないに等しい。蔵書のイノチは分類である』と断じて、
すべての蔵書を処分したという。このエピソードに続けて、太郎舎さんはこう語った。
『本は分類が命で、秩序を失った本に価値はない。この話は、古本屋として考えさせられるよね。』」

131吾輩は名無しである2017/02/12(日) 10:19:24.94ID:4ULmgxH6

132吾輩は名無しである2017/02/17(金) 22:25:34.66ID:97u1bZHq
T+k
山口昌男「エーコにあるとき、「どうして僕を副会長の後任に指名したの」と言ったら、
「お前は世界中の面白い記号学者を知っているからだ」と言った。
そこで、「僕は本当は逆に世界中の記号学者に知られているからと言ってもらいたいね」と言ったら大笑いしてたよ」(『記号論の逆襲』)

山口「前田愛は国文学者としては、特注の背広でケバケバの裏地のものを着てきわめてキザだと思われていて、
周囲(例えば谷沢永一のような人)からバッシングされていたわけですね」(『記号論の逆襲』)
17 Feb 2017

杉江:初期は著者の文体に委ねることもありましたが、やはり自分の文体を確立するためには…と自分の文体に固執するようになりました。
僕が一番影響を受けたのは丸谷才一さんの文体、あの方が話を転換する時の「さて、」が10年くらい自分から抜けなかった。
今はかなり抜きましたけど。
で、書評の書き方を変えたのは「書斎のポ・ト・フ」(開高 健、向井 敏、谷沢 永一による書評鼎談集)を読んでから。
これは三方がエンターテイメントのいろんなジャンルについて話されてるんですけど、
ひとつの文章の中にどれだけ知恵を詰め込めるかというのを3人が競争していて、
これを読んで自分が今まで書いた物は薄味だったなと思ったんです。
https://www.shinko-music.co.jp/report/zatsunadokusyo/

日本にあっては70年代に三好行雄、谷沢永一などが論争した方法論論争や、
海外理論の吸収に伴う日本的研究との齟齬をめぐるやりとりなど、
やはりこうした世界的な知の変換によって文学研究の方法論は変容せざるを得なかった。
http://dokushojin.com/article.html?i=878

133吾輩は名無しである2017/04/08(土) 12:04:10.81ID:xVixWdn9
moisi
三好行雄が伝記研究に対して作品論を確立しそれが流行したことで批評と研究の区別がつきにくくなった1970年代からと思います。
そういう問題意識から日本近代文学会で1976年に「批評と研究の接点」というシンポジウムが行なわれていますよね。

出席者は谷沢永一・前田愛・磯田光一で谷沢が越智治雄の『漱石私論』を例に「学者の批評家化」を徹底批判する。
シンポジウムの報告を読むと既に「批評と研究」という対立概念が成立していることが分かります。

KAJIO
これは私の誤認かもしれませんが、柄谷行人や小森陽一よりも、谷沢永一の名のほうが本郷でははるかに禁忌でした笑。
2017年3月11日

第23集 (1976年 昭和51年 10月1日発行)  
〈特集〉 研究と批評の接点
http://amjls.web.fc2.com/zasshi/023.pdf

【第二回 研究会】 2011・3・19 担当 :榊 祐一
テーマ1「戦後の近代文学研究 の近代文学研究の流れについて」
http://researchmap.jp/muw5jwv1l-2030551/?action=multidatabase_action_main_filedownload&download_flag=1&upload_id=85165&metadata_id=156852

134吾輩は名無しである2017/05/03(水) 16:12:07.09ID:hDHmBD7P
畏友の背戸逸夫が亡くなった。3月23日未明で、脳溢血だった(そうだ)。
編集者を貫き、開高健、谷沢永一をわたしに紹介してくれただけでなく、無名のわたしを2番目に訪ねてくれ、
雑誌に書評を連載させてくれた、幸運を運ぶ編集者で、35年余のつきあいだった。
http://blog.nxpt.net/washida_koyata/archives/2203

12日、書肆吉成に来て貰い、蔵書を99%(?)以上を処分することに決めた。
吉成さんは、札幌大の出身で、山口ゼミで学んだ新進気鋭の古書屋だ。
これで、20歳から少しづつ買ってきた書籍のほぼ全部が消えることになる。
売籍は、本=半身で、半身を失うも同前、と思ってきたが、どうせもう半身以上は「死んでいる!」、
あとはゆっくり自前で買った本とつきあおう、そう決めた。ただし、司馬さん、谷沢・渡部両先生の本は、例外として残しておきたい。
http://blog.nxpt.net/washida_koyata/archives/2210

135吾輩は名無しである2017/06/08(木) 18:34:49.49ID:oMTxcFMt
絶対ソンせぬ文庫10点
・『街道をゆく』(朝日文庫)司馬遼太郎
・『生と性』(集英社文庫)吉行淳之介
・『ルパイヤート』(岩波文庫)オマル・ハイヤーム
・『ショージ君のにっぽん拝見』(文春文庫)東海林さだお
・『ブラウン神父の童心』(創元推理文庫)チェスタトン
・『帰郷』(新潮文庫)大佛次郎
・『ダルタニャン物語』(講談社文庫)デュマ
・『共産主義的人間』(中公文庫)林達夫
・『お菓子と麦酒』(新潮文庫)モーム
・『童子問』(岩波文庫)伊東仁斎

136吾輩は名無しである2017/06/15(木) 18:07:54.12ID:aIQfNCPn
読んでソンせぬ本五冊
・『日本の経済力診断』長谷川慶太郎
・『最後の晩餐』開高健
・『愛し愛され方の秘密』笹沢左保
・『中国史』宮崎市定
・『文章読本』丸谷才一

137吾輩は名無しである2017/06/26(月) 20:03:02.94ID:4q3rCLLr
絶対ソンせぬ十冊の本
『川柳末摘花詳釈』岡田甫
『孔雀の舌』開高健
『この世の果て』サマセット・モーム
『落語と私』桂米朝
『門番の飼猫』E・S・ガードナー
『論語の新研究』宮崎市定
『カール・マルクス』E・H・カー
『攻撃』コンラート・ローレンツ
『紋章だけの王国』向井敏
『箴言と考察』ラ・ロシュフコオ

138吾輩は名無しである2017/06/28(水) 13:40:00.36ID:4oVgU4FC
こぼれ松葉に火をはなち
わらべのごとき吾なりき

139吾輩は名無しである2017/06/30(金) 18:06:29.61ID:jkCK73Tl
こぼれ松葉をかきあつめ
乙女のごとき君なりき

140学術2017/06/30(金) 18:25:22.76ID:qt+GBh0W
ルバイヤートがいいよ。絶対。

141吾輩は名無しである2017/07/01(土) 08:02:09.42ID:n3MuwG3x
谷沢の影響で林達夫、チェスタトン、宮崎市定、モームなどは
よく読んだな。E・H・カーも読んだ。
上記推薦本には入ってないが高橋亀吉も随分お世話になった。
司馬遼太郎と長谷川慶太郎と開高健はほとんど読まなかった。

142吾輩は名無しである2017/07/01(土) 08:09:20.26ID:2MtKGJYo
完熟している

143吾輩は名無しである2017/07/05(水) 08:16:12.02ID:nSYRT7CX
「篠沢フランス文学講義」とか文庫化してほしかったな。

144吾輩は名無しである2017/07/05(水) 08:59:45.84ID:nSYRT7CX
小西甚一の「日本文芸史」も文庫化してほしい。

145吾輩は名無しである2017/07/05(水) 10:17:06.02ID:+48W80CQ
小西甚一の『古文研究法』最高だボケ!

146吾輩は名無しである2017/07/08(土) 23:17:54.03ID:tmRU1Wwa
小西ですけど

147吾輩は名無しである2017/08/25(金) 07:57:59.77ID:2w9+BvOB
「わが秘密の生涯」とかも今は絶版になってるんだ。
どこかの文庫で全11巻とかで出してくれないかな?
かつてのロマン文庫のようなダイジェスト版ではなく。

148吾輩は名無しである2017/09/22(金) 17:34:34.03ID:kSiYNj9D
南が丘文庫
http://www.minamigaoka.info/BOOKS/
Official Homepage

横浜市立南が丘中学校の母体である、平成研究会、通称、経世会とは、自由党吉田茂派を起源に持ち、周山会(佐藤栄作派)・木曜クラブ(田中角栄派)の流れを汲む、鉄の軍団と呼ばれた保守本流集団である。

横浜市立南が丘中学校OB会

149吾輩は名無しである2017/10/14(土) 13:14:04.46ID:cW593v6k
2017-09-26
紀田順一郎『蔵書一代』−−なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか
http://k-hisatune.hatenablog.com/entry/2017/09/26/000000

副題は「なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか」。
12畳の書斎と3万冊の書物を収納した10畳半の書庫という52年間親しんだ理想的な環境から、
新居に移るに当たって一気に本当に手元に置きたい最後の蔵書600冊に減らすという切ない体験から始まる愛書家の蔵書論。

井上ひさし14万冊(山形の遅筆堂文庫)。谷沢永一13万冊(関西大学の谷沢永一文庫)。
草森紳一6.5万冊(帯広大谷短大の草森紳一記念資料室)。布川角左衛門2.5万点(国会図書館に布川文庫)。
大西巨人0.7万冊。渡部昇一15万冊。立花隆3.5万冊。山下武2万冊。江戸川乱歩2.5万冊。(徳富蘇峰10万冊)

150吾輩は名無しである2017/11/01(水) 20:56:39.64ID:u9046zaI
共謀罪法をめぐる安倍晋三首相の国会答弁(4月19日)で話題になった「そもそも」の用法について、
政府は5月12日の閣議で、『大辞林』(三省堂)に「(物事の)どだい」という記述があり、
「どだい」には「基本」の意味があるとの答弁書を決定、
「そもそも」=「どだい」=「基本的に」という三段論法で安倍首相は自らの主張を押し通しました。
しかし、いかなる国語辞書にも「そもそも=基本的に」とする記載はありません。
・そもそも閣議決定すべき事柄なのかどうか−−、いやはや、言葉というものは実に恐ろしいものです。

 一応は物書きのはしくれを自任する筆者にとって、言葉ほど重要なものは他になく、実際、辞書に頼りっぱなしの日常です。
安倍首相のような誤りを犯さないために、もありますが、三島由紀夫と同様、辞書の各項目をただ眺めることそれ自体が楽しいのです。
特に、この国の代表的国語辞典『広辞苑』(岩波書店)は、筆者が一日とてそのページを開かぬ日もない、文字どおり座右の書です。
むろん、『大辞林』も座右にありますが、筆者は主観的に『広辞苑』に圧倒的な信をおいています。

ところで、『広辞苑』への批判があることを筆者も知っています。
たとえば、谷沢永一・渡部昇一著『広辞苑の嘘(うそ)』(光文社)。
右派の歴史修正主義の観点から、『広辞苑』の近現代史項目の記述を批判しているのですが、
これまでの編者たちも版元の岩波書店もこうした批判に屈してはいません。
時代状況を反映して、今後もこうした右派からの突き上げがあるかもしれませんが、
遠くない将来に刊行されるはずの第7版においても、新村一族をはじめとする編者の人々、
それに版元・岩波書店の毅然(きぜん)たる態度の維持を期待ながら、
新村博士の心温まる旧邸を辞去しました。(八木晃介花園大学名誉教授・元毎日新聞記者=社会学)

151吾輩は名無しである2017/11/20(月) 22:38:58.39ID:iF0RuzSm
<訃報>浦西和彦さん76歳=関西大名誉教授、日本近代文学
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171117-00000077-mai-peo

152吾輩は名無しである2017/11/26(日) 12:22:28.18ID:BpYex/xW
>>107
更には明治維新の否認の上司馬史観にケチをつける人物にも

153吾輩は名無しである2018/03/27(火) 18:18:01.65ID:cuoFXYYJ
信州自由古書園
開高健全対話集成 7 文学編(2)「群衆の中の孤独」(潮出版社、昭和58年)開高健・山崎正和 
彼(谷沢永一)は、16、7歳で一般の客の古本市には行かず、業者の鑑札をもらって、業者の見立会に行ってた。
谷沢永一さん、生前目録送ると、なぜか左翼関係の本ばかり注文してきた。
http://pbs.twimg.com/media/DYGstLTVMAAOyMv.jpg
http://pbs.twimg.com/media/DYGsxY4VwAAOIxD.jpg
2018年3月12日

154吾輩は名無しである2018/03/30(金) 15:24:37.71ID:obm9K7ew
金子良事
谷沢永一が偉かったのは、書誌学の実践者、紹介者として。また、日の当たらない学者にチャンスを与えた。
何より研究と文芸評論の中間を行く新しい道を探したこと。このあたりでしょうかね。
左翼批判は学ぶべき点もあるけど、ほとんどが残らないだろう。当時の人が共有してた知識がないと難しいから。
2010年12月8日

小谷野敦直木賞がほしい
「近代文学研究叢書」を作った人たちは偉いんです。谷沢永一と浦西和彦は対象の選択が変。
2013年9月13日

KANATANI, Joe 金谷 譲
谷沢永一大人がいつか、国文学や書誌学にはわざとマイナーな出版物にしか執筆しない
難儀な凄い研究者がいるからおさおさカバー怠るなかれと諭しておられた。
発表場所での影響力の多寡と、その研究の水準や意義重要性に関わりはないと思うが如何。
それで受けとめ方に差をつける方がどうかしておらぬかと
2017年11月12日

155吾輩は名無しである2018/04/02(月) 19:32:46.96ID:fo3GlWlP
小松(小川)靖彦
授業で書物の調査法を伝えています。
前近代についての、藤井隆氏『日本書誌学総説』(和泉書院)のような便利な本が、
近現代については見つけられず、『新編出版編集技術』の情報を加味しながら、
『本の知識』(共に日本エディタースクール)をテキストにしています。よい教科書が作られることを期待。
2017年10月31日

書物蔵:古本オモシロガリズム
昭和戦前期に「書誌学」を創った連中が明確に近代本は学問の対象にならぬ、
と書誌学から近代本を排除したといふ経緯があるんだわさ(´・ω・)ノ

かはりに斎藤昌三らが愛書趣味の延長の研究でやってゐた
近代書誌学も必要と斎藤が言ったのが昭和34年
谷沢永一が近代書誌学をつくろうとしたがその前に寿命
2017年12月6日

156吾輩は名無しである2018/04/05(木) 20:39:07.17ID:AvsLKrI4
「森鴎外という人は、日本近代文学史上、三島由紀夫と肩を並べて、
文学者としては超一流の金箔つきのニセモノであったと、そういうふうに私は考えます」
『シンポジウム日本文学17・大正文学』

モズブックス
今日の市で買った谷沢先生の『日本近代文学研叢』全5巻から「書誌学的思考」の巻を拾い読み。
反町茂雄と古典籍、古書目録に学ぶ、古書即売会に学ぶ、私の図書館への注文、等々、
ついつい手が止まってしまう面白さ。
2012年3月26日


ヘェ〜木佐木日記が復刊されるんだ。
谷沢永一が大学院入試で近代文学の必読文献としてあげたら誰も知らないと確か憤慨してたもの。
2016年10月13日

157吾輩は名無しである2018/04/18(水) 23:56:26.93ID:lG+hUOtn
森 洋介
彙類的文學史に注目したのは谷沢永一『書誌学的思考』所收「木村毅 面白くて為になる」の「雑学」の項。
近世考證隨筆から近代の和製類書『廣文庫』まで通ずる索引的知性(Cf.岡村敬二『江戸の蔵書家たち』)。
博覽により既成分類を横斷した知識を己が關心する視點から再編。斷片化する切口が勘所。
2016年1月24日

al(⃔ ॑꒳ ॑*)⃕↝sinceK
たとえばわたしの「知的生活」は、大川隆法や渡部昇一や谷沢永一や竹村健一や山本七平などの、
サラリーマンの知的“中流”階級が好みそうな保守思想家からはじまっているのであって、
断じて柄谷行人や浅田彰などの現代思想からはじまったのではない。
だから籠池理事長の「苦戦」がわかる気がするのだ。
2017年5月8日

158吾輩は名無しである2018/04/21(土) 16:57:49.50ID:UpKD0kn0
オッカム
僕が子供の頃父の蔵書は200冊くらいあった。日本文学全集とか世界文学全集みたいなシリーズ全巻揃い。
おそらく一冊も読んでなかった。新聞は赤旗も含め隅々まで読んだが読書姿は見たことがなかった。
ただ50代から岡崎久彦、西尾幹二、渡部昇一、日下公人、櫻井よしこ、谷沢永一は本当に読んだ。
2015年6月12日

平成2年
谷沢永一が前田愛を「学会の沢田研二」と言ったのはもちろん否定的な意味からなのに、
なんで「華があるから」になってるのかな。
2017年7月26日

高(あ〜る)
久松潜一の講義は古典作品の梗概をひたすら言っていくだけだった、と谷沢永一が揶揄していますが、
大学の文学の講義はそれでいいと思っています。
先生が紹介した本を学生が読んでも多分ほとんどはその学生にとってはハズレだと思われるため、
先生はできるだけたくさん紹介したほうがいいですね。
2018年4月2日

159吾輩は名無しである2018/04/28(土) 17:26:31.82ID:fPSLaD0t
岸本元
双極性障害を患っていた谷沢永一は著書で時々
「鬱に入ったら酒を飲んで克服する」などいう旨のことと書いていて、
これは勿論医学的には絶対に駄目なのだが、私も鬱が寛解してなかった頃はしばしばそれでやり過ごす日もあった。
そうせざるを得ない人もいるのだ。私が生きているのはたまたまに過ぎない。
2015年9月30日

安田鋲太郎
たとえば『幸田露伴全集』の何度目かの版を刊行したときに、補遺を2冊作ったのが谷沢永一ですね。
これまでの全集からこぼれていた幸田露伴の原稿を日本中から探索し、
結果約1000ページも発見(!)して追加したのです。イデオロギー関係なしに、文献学者として超人です。
2017年5月5日

酔生夢死
司馬遼太郎は『坂の上の雲』の影響なのか一般には保守派の間で評価の高い歴史小説家と思われがちだが、
保守派でも西尾幹二は20年くらい前の『諸君』だか『正論』での西部邁との対談で
「司馬の小説の通俗性に耐えられない。司馬史観がどうこういう以前にあれは果たして文学なのか?」と述べていた。

西部邁も「私は西尾さん以上に司馬文学の良い読者ではないのだが、司馬は戦後民主主義者の典型例で、
何故戦後民主主義嫌いの谷沢永一氏が高く評価するのか分からない。」と述べていた。
他にも司馬を嫌っている保守派の評論家が何人かいた記憶がある。
2017年6月2日

160吾輩は名無しである2018/05/01(火) 10:41:47.65ID:WKrdzZ0A
書物蔵:古本オモシロガリズム
その数少ない専門家2人のうちひとり目、稲岡勝先生の著作をパラ見してゐたら、
やっぱす非常に役に立つことを書いてをいてくれとる(。・_・。)ノ
ところが稲岡先生、小田光雄の真逆を行って単著がほとんど監修のこれぐらいしかない『出版文化人物事典』
2015年8月1日

さうなんです(´・ω・)ノciniiだと30件ほどですが印刷博物館のOPACなどで補うと50件以上の論文が。
単著がないゆゑに目立たなく成果が共有されてません。
谷沢永一は文系も理系同様、論文をきちんと参照せよと言ってましたが、やはり単著も必要かと。
2015年8月2日

森 洋介
雜誌總目次は稻垣達郎流の「細目」たるべしと言ってゐた谷沢永一も、
『紙つぶて 自作自注最終版』p.941では各號卷頭目次の撮影方式に軍配を上げる。
記事内容より當時何が重んじられたかが目次の扱ひに看取できる、と。
でも實情は新規採録作成の手間を惜しんだだけ。
2016年6月20日

兵務局
谷沢永一にとっていちばんのうつ撃退法というか生きる糧って、
学者と論争したり、学内行政に権謀術数をめぐらすこと、つまりケンカだったんだろうな。
2016年8月17日

161吾輩は名無しである2018/05/08(火) 20:08:58.43ID:vbvSagi0
露伴全集は岩波だよね。
岩波はよく谷沢を使ったものだと思う。

162吾輩は名無しである2018/05/14(月) 23:46:31.50ID:x1bmXWE2
原田伊織は司馬遼太郎批判を谷沢存命中にできただろうか?ww

163吾輩は名無しである2018/05/15(火) 00:16:02.02ID:V3WWECKb
たとえば 藤岡信勝との論争では
いわゆる司馬史観とは「私観」に過ぎず
それを安易に学校教科書にによって講義される
国史の解釈軸として流用するのはどうだろうか?
と藤岡個人はもちろん定見なき教科書運動も批判している

つまり「小説」としてすなわち「私見」としての司馬作品を評価するが
あくまで文学作品としての評価に留まる、というのが谷沢の考えだろう
その上で安易な神輿として使うのは止めて欲しいと恫喝している
まあ、あの連中に大した歴史観は無かったわけで
一般人の司馬人気にあやかって政治闘争を優位に展開しようとしていただけなのを
谷沢はちゃんと見抜いていた

164吾輩は名無しである2018/10/02(火) 19:12:11.99ID:oiDOF06m
レス全然ないな

165吾輩は名無しである2018/10/02(火) 19:48:35.89ID:1IXB6cHt
中途半端な明治維新のおかげで、徳川やその一党の勢力が今まで残存し、大きな勢力を
維持して、現代の政治に大きな悪影響を与えているのを見れば、司馬遼太郎の「竜馬が行く」
には高知人の俺は全く共感できない。
前の高知県知事だった橋本大二郎は、旧藩主山之内家から買い取りを求められた「高野切れ」を
10億円以上だかで買い取って、県民の怒りを買い、知事としての任期を縮めざるを得なくなった。
地元紙の高知新聞からも「高野切れ」を買え買えと催促されたような。
渋々、「高野切れ」を買い取ったことが知事生命を縮めた。
徳川家や徳川系の大名を根絶やしにすべきだったのをそうしなかったから、今に禍を及ぼしている。
坂本龍馬の本音は山之内家を潰すことだったので山之内家の刺客に殺されたんだろう。
高知の郷土史家にはそう思う人が多い。
高知では山之内家所縁の名称を新しい公共建築物の名称につけることが流行してる。
江戸時代が復活してるんだよ。

166吾輩は名無しである2018/10/02(火) 21:03:04.71ID:1IXB6cHt
まあ、過去の文献を探索するのも良いが、新しい論文の発表をもっと自由奔放にw
やる体制を作るべきではないか?
PDFで良いから、レベルの高い最新の論文をどんどんPDFで発表すべき。
日本人の学者による高い内容のPDF論文はまず皆無と言って良いだろうが、欧米の一線級の論文がPDFで読めるのと対照的だ。
PDF論文のレベルで、既に日本は中国や韓国、台湾などに完全に遅れをとっている。
もう既に手遅れではあるのだが、これを招いた主原因は日本でポストモダニズムを余りにも長く引っ張り過ぎたからに他ならない。
もう、ジジババどもが谷沢の功績など云々してる場合じゃない。

167吾輩は名無しである2018/10/03(水) 20:57:33.55ID:bEl0IrX7
文献探索を無視して自由奔放にやりまくったのがポモですね

168吾輩は名無しである2019/01/16(水) 15:06:38.92ID:AdCPkI19
呉智英には著書でめちゃくちゃ叩かれてたよね。

169吾輩は名無しである2019/01/17(木) 21:48:39.88ID:e0uXk/m1
呉ねえ・・・。

170学術2019/01/17(木) 22:12:49.73ID:av1MYdwY
556.

171吾輩は名無しである2019/08/14(水) 06:52:11.10ID:RJjMTnQq
今や完全に忘れられた存在・・・

172吾輩は名無しである2019/09/04(水) 22:09:00.72ID:a/8NJnON
長谷川慶太郎死去。91歳。
谷沢絶賛の経済評論家だったけど、バブル崩壊後は全く冴えなかった。
谷沢が評価を誤った一つの例だと思う。

173吾輩は名無しである2019/09/05(木) 15:18:43.79ID:o3IIfH7E
中日の矢沢て
往年のプロ野球選手顔がちらつく
同性同名の人
もっともあの人は早稲田卒で
野球引退後の大学院に行った
研究肌の人だけど

174吾輩は名無しである2019/09/05(木) 15:20:16.95ID:o3IIfH7E
中日の谷沢でいいのか

175吾輩は名無しである2019/09/12(木) 16:54:18.84ID:JPXMdShl
>>172
長谷川よりしょぼい経済評論家しかおらんけど今
経済評論家なんて存在がもう要らなくなったんだろうな
文芸評論家はとっくに終わってるが

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