【創価・学術立ち入り禁止】 ドストエフスキー @

1吾輩は名無しである2019/05/18(土) 09:44:46.64ID:pmpuyLd1
ドストエフスキーを真面目に語り合うスレ。

キチのソーカと学術は立ち入り禁止!

馬鹿がうつるからw

2吾輩は名無しである2019/05/18(土) 13:27:19.07ID:cnc+O4vZ
どすと屋 麩好き

3吾輩は名無しである2019/05/19(日) 07:16:32.28ID:aq4vZtQb
米川正夫のドスト全集はもう重版されることはないな。
かなしい。

4吾輩は名無しである2019/05/19(日) 09:04:04.16ID:aq4vZtQb
登場人物は人殺し、ロリコン、変質者、アル中、肺病病み、貧乏人、娼婦。
ドストエフスキー作品には読了後の何とも言えぬ余韻というものがない。

5吾輩は名無しである2019/05/19(日) 14:00:27.51ID:B/JOSiBP
ギャンブラーと受刑者も追加でw

6吾輩は名無しである2019/05/19(日) 16:23:15.08ID:B/JOSiBP
再読する度に翻訳者を変えてる
本棚に罪と罰とかカラマーゾフが3冊になったw

7吾輩は名無しである2019/05/20(月) 01:39:42.59ID:iwfYaNiv
ウィトゲンシュタインがカラマーゾフを50回以上読んで最後に残ったのはスメルジャイコフだけだったと言う事実
何か隠されてるな

8吾輩は名無しである2019/05/31(金) 06:13:15.06ID:NW/ZG1YW
235 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 2019/05/31(金) 05:59:01.07
今後の創価学会に関しての予測としては

・組織的なストーカー行為、及び、嫌がらせ行為の表面化

・自殺者が何人も出ている事が判明し、広宣部幹部らが殺人罪で起訴

・組織的殺人を働いた罪で、広宣部幹部らに死刑判決

・それ以外に逮捕された広宣部幹部、同部員らも懲役10年以上の重い刑

・教宣部の幹部、同部員らも懲役刑(執行猶予付きはなし)

・服役後も世間に出る事を許されず、そのまま精神病院閉鎖病棟に入院

・死ぬまで出られず

・創価学会は悪質な組織的殺人、並びにその未遂行為を働いた悪質な組織犯罪団体に認定され
 国から危険な団体として正式な監視対象団体に認定され、創価学会新法が制定されて
 暴対法のように、活動を徹底的に制限し、制約される

・学会員らは脱会が自由に認められなくなり、また国が学会員のリストを作成
 同リストの登録者は危険人物であるとの事で、行動その他に制限と制約がつく事に

新規入会者はほぼゼロになり、高齢の学会員らの死亡による人数減で減って行き
時間をかけて消滅に向かって進むといった感じになるんだろう
また表面化後までに脱会しなかった場合、恐らく脱会できなくなる

9吾輩は名無しである2019/05/31(金) 06:13:28.46ID:NW/ZG1YW
236 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 2019/05/31(金) 06:05:41.41
悪質な嫌がらせ行為を働いていた者に関しては

・迷惑防止条例その他で逮捕可能な者は積極的に逮捕し、送検して懲役刑(執行猶予の出る者も出る)

・逮捕不可能な者で、悪質な行為を行っていた者は、社会からの隔離を目的に精神病院閉鎖病棟送り

・懲役刑を受けた者、執行猶予判決を受けた者も、悪質な行為を行っていた者は、社会からの隔離を目的に精神病院閉鎖病棟送り

・逮捕を免れた者に関しては、また同じように嫌がらせ行為を働く可能性が考えられるという点に鑑み
 重点的な監視対象者として警察のリストに入れて、ちょっとでもトラブルを起こして通報された場合には
 微罪でも逮捕、略式起訴で罰金刑か、起訴して懲役刑とする

とまあ、こんなところだろうね
かなり早期に脱会して完全に関係がなくなってるような人は別として
そうじゃない人は学会員だとバレるととんでもない事になるので、
元学会員だとバレたらとんでもない事になるので、元学会員である事を隠して生活する事になるだろう

10学術2019/06/01(土) 10:25:14.23ID:DaWjqq9V
座っているので書き込んでみる。

11吾輩は名無しである2019/06/01(土) 17:40:43.25ID:e/QQxbXw
>>7
>最後に残ったのはスメルジャイコフだけだったと言う事実
>何か隠されてるな

告白すらしない地下室の手記の主人公のようなもので
底なしのニヒリストですよ

12吾輩は名無しである2019/06/02(日) 01:00:35.77ID:cScnHg7Q
今日ハイデガーの研究書読んでたら、ハイデガーも
ドストエフスキーを愛読してたんだってさ
何か意外な感じ

13吾輩は名無しである2019/06/02(日) 01:31:15.03ID:lJ9X0Q16
私とか、自己とか、自我なんて存在を内に表そうと試みた哲学者なんかはドストエフスキーに一度はハマりそうだね
軽くググったけど、フロイト、ハイデガー、ヴィトゲンシュタイン、カミュ、ジイド、プルースト、ヘッセ、カフカ、コンラッド、魯迅とか結構いるみたいね
もちろんトルストイも

14吾輩は名無しである2019/06/03(月) 02:24:33.55ID:C37q8JyQ
>>11
地下室の主人公の心変わりは異常だよね
売春婦リーザを招いておいて追い出すんだもの

「いまとつぜん自分の淫蕩が、まるで蜘蛛のように愚かしく、いまわしいものに思われて来た。」

結局かれは卑怯者にも英雄にもなれないと自虐するが、淫蕩者にもなれないし、何しろ心変わりが激しすぎる印象がある

15吾輩は名無しである2019/06/05(水) 01:43:02.88ID:QlwGE6Ty
たまには長いのレスしますw

これ、キリスト教で言えば霊的にとか、そういう意味で移り変わるという意味だろうか
それとも動物的に、つまりは唯物の塊として低次な存在としての人間が肉体的変化する、という意味なのかな
どっちでもとれる気がします

悪霊 キリーロフ一節

ある数秒間がある、(略)そのときだしぬけに、完全に自分のものとなった永久調和の訪れが実感されるのだよ。これは地上のものじゃない。
といって、なにも天上のものだというのじゃなくて、地上の姿のままの人間には耐えきれないという意味なんだ。肉体的に変化するか、でなければ死んでしまうしかない。これは明晰で、争う余地のない感覚なんだ。
ふいに全自然界が実感されて、思わず、『しかり、そは正し』と口をついて出てくる。
神は、天地の創造にあたって、その創造の一日が終わるごとに、『しかり、そは正し、そは善し』と言った。
これは・・・(略)おのずからなる喜びなんだね。(略)おお――それはもう愛以上だ! 
何より恐ろしいのは、それがすさまじいばかり明晰で、すばらしい喜びであることなんだ。
もし、五秒以上もつづいたら――魂がもちきれなくて、消滅しなければならないだろう。この五秒間にぼくは一つの生を生きるんだ。この五秒間のためになら、ぼくの全人生を投げ出しても惜しくはない、それだけの値打ちがあるんだよ。
十秒間もちこたえるためには、肉体的な変化が必要だ。ぼくの考えでは、人間は子供を生むことをやめるに相違ないね。
目的が達せられた以上、子供が何になる、発達が何になる? 福音書にも、復活のときには子を生まず、天にある御使たちのごとし、と言われている。暗示だな。きみの奥さんは子供を生むんだったね?

16吾輩は名無しである2019/06/23(日) 15:11:18.15ID:CRjs5cEv
魚らーーーッ 
創価のアリョーシャこと、オレ様のカキコに早く回答せえや!!

17吾輩は名無しである2019/06/23(日) 15:12:12.12ID:CRjs5cEv
http://mevius.5ch.net/test/read.cgi/book/1550415735/648
[ 文学 ] ドストエフスキーPart48 [無断転載禁止]

648 名前:吾輩は名無しである [sage]: 2019/06/21(金) 00:28:19.78 ID:bHraX+ef
>>644
ういーその態度わかった、じゃあオレもここを去るわ
最後になるから餞別として

いずれ人に向けた言葉の矢先は自分に向かうよ
ドストエフスキーに限らず文学や、そして宗教も、自己を大きなものと同一化して強化するという意味で一定の力を持つ
自己の精神が安定するという意味で健康にもなれる
だけどある時点で反省しないと、ただの欲の強化にはまり込むだろう
そういう意味で宗教は危うい、人を選ぶ
君はどの宗教をやっても排他的なカルトになる
その宗教のせいではない、君自身のせいですべてカルトに仕立て上げてしまうだろう
崇拝とは人間に向けるものではない

ドストエフスキーは神に与えられた自由意思をどこまでも重んじた
一方で意思の自由には同じだけの責任も問われるとした
そこに神の沈黙があるとする、ただこれは恩寵でもある
だけどここにはドストエフスキーの信じた一神教としての神の位格、人でいう人格をもった神の顔がある
君はそこをそうかの汎神論(人格のない神)と同等にしてしまい、そして問題はそこことに何ら疑問すら抱いていないという最大の事実がある
ここが分からない限り、宗教が何なのかはさとれないだろう
そして君のアイデンティティもどこまでいっても築くことはできないだろうね

それでは皆様、この偉大な作家とそこに魅了されたすべての方に、神の祝福がありますことを!

18吾輩は名無しである2019/06/23(日) 15:15:54.24ID:CRjs5cEv
> いずれ人に向けた言葉の矢先は自分に向かうよ
俺の言葉は愛の言葉だ。慈悲の言葉だ。わからんのかっ?
目先のこのスレ内で表面だけ仲良しこよし なんかして なんになる? 慈悲の弱いおれだ
から、勇気をもって真実の言葉を語っている。そうであればこそ、おれはアリョーシャの生
まれ変わりと呼ばれるんだ。
この真実と慈悲の言葉のゆえに、おれは現実生活において周囲のひとから、真実と慈悲に
よって接してもらえる。
ところで、なんのために、嫌がるやつに、信心を語るのか? そいつがしないとわかってる
のに?そこにどういう秘密が隠されていると思う?
> ドストエフスキーに限らず文学や、そして宗教も、自己を大きなものと同一化して強化す
るという意味で一定の力を持つ
そうだね。だが、もう一つ重要なことがあるぞ。「宗教や信仰は大きな力をもつ」がゆえに
「悪しき信仰と宗教は
とんでもない結果を生む」ということなんだ。
> 君はどの宗教をやっても排他的なカルトになる
> その宗教のせいではない、君自身のせいですべてカルトに仕立て上げてしまうだろう
おまえが定義するその「排他的なカルト」というのは、どういう意味なんだ?自分で意識し
てないだろうが、
ネットの低俗な人間が使う言葉を軽々しく借用して、俺と学会に投げつけている。... だがそ
のことはよい。
おれはワザとしてることだからな。おまえに誤解されるように。
今日はつぎの一文について書きたい。
===========================================================================
> 崇拝とは人間に向けるものではない
===========================================================================
ぼくが過去に引用してきた文を再掲していくからいっしょに考えてみてくれ。

19吾輩は名無しである2019/06/23(日) 15:16:33.25ID:CRjs5cEv
>>602
> 彼が僧院生活に入ったのも、ただこれ一つのみ
>
> が当時の彼の心に驚異の念を呼び覚まし、世界悪の闇から愛の光明を目指して驀進(ばくしん)する彼の心に
>
> 究極の理想として映じたからである。また僧院生活が彼に驚異の念を呼び覚ました訳は、当時彼が
>
> 稀有の人物と考えていた有名な長老ゾシマを、その中に発見したからである。彼は乾いた心の初恋に
>
> も似た熱情を捧げて、この長老に傾倒したのである。

これは、アリョーシャの崇拝は「人間に向けたものではないのか?」答えてくれ。

20吾輩は名無しである2019/06/23(日) 15:19:39.26ID:CRjs5cEv
> 607
>  しかしそれでも大多数は、すでに疑いもなく長老ゾシマの味方であった。のみならずそ
の中には、真底から熱情を込めて、彼を愛している者も少くなかった。ある者はもうほとん
ど狂信的に彼に傾倒していた。こういう人達は公然にこそ言わないが、長老は聖徒である、
それにはいささかの疑いもない、と噂していた。
> そしてほどなく長老の逝去を予見しているので、ごく近いうちに僧院にとって偉大な名誉
となるような奇跡が、必ず現われるに違いないと期待していた。長老の奇跡的な力はア
リョーシャも絶対に信じて疑わなかった。それはちょうど、寺の中からけし飛んだ棺の話を
絶対に信じたのと同じ理屈であった。
===========================================================================
>崇拝とは人間に向けるものではない
===========================================================================
としたら、ここに描かれているひとびとは、邪信のひとなのか?

>長老の奇跡的な力をアリョーシャも絶対に信じて疑わなかった。

アリョーシャも、君の観念によれば、まちがっているのか? 


> ――彼の所へは大勢の人が、自分の心中を打ち明けて、 霊験のある言葉や忠
> 言を聞こうという希望に渇しながらやって来る。長老はこういう人達と永年のあいだ
> 無数に接して、その 懺悔や、 苦悶や、告白を数限りなく自分の心に納めたので、
> しまいには自分の所へ来る未知の人を一目見たばかりで、どんな用事で来たの
> か、何が必要なのか、いかなる種類の苦悶がその人の良心を 苛んでいるか、とい
> うようなことを見抜き得るほど、微妙な洞察力を獲得した。

民衆はなぜ「泣きながら」「ロシヤ全土」から 「長老の下へ」集うのか?
その答えは、次下に書いてある。

21吾輩は名無しである2019/06/23(日) 15:21:20.69ID:CRjs5cEv
>『たとえ我々に、罪悪や、不義や、誘惑などがあっても構いはしない、
>地球の上のどこそこには、神聖で高尚な方がおいでになる。あの人は、我々に代わって真
理を持っていらっしゃる、真理を知っていらっしゃる、
>つまり真理は地上に亡びていない証拠だ。して見ると、その真理はいつか我々にも伝わっ
て来て、神様が約束されたように、地球全体を支配するに違いない。』とこんなふうに民衆
は感じ
ている、感じているのみか考えてさえいる。
>アリョーシャにはそれがよくわかった。

君には民衆の心がわかるか? なぜ日本で、また世界で、多くの民衆が この創価学会の信
心にいのちと希望のすべてをかけているか?理解できるか?

理解しようとする精神があるか? アリョーシャがいまこの日本に生きていたら「端的に理
解したと思う」
そしてゾシマもアリョーシャもドストエフスキーも まちがいなく創価学会に入信してるの
だ。

ドストエフスキーは「もし誰かが自分にキリストは真理の外に立っていることを示し、また
もし真理が、本当にキリストの他にあるならば、僕は真理のところに留まるよりも、キリス
トの所に留まる方がよい」という言葉の前段は「キリストは真理の外にある」ということを
、ドストは覚知していたんだ。
それが作品の否定的人物に仮託されて表現されていた。そして「キリストの所に留まる方が
よい」という後段部分はそのほうが人生として価値がある、という判断だ。
あたりまえだ。無信仰の人間のバカげきった発言や思考を、さんざん このスレでも目にし
ているだろう?
だが、まちがいなく、ぼくら創価学会員はドストエフスキーをして、この南無妙法蓮華経の
信心と創価学会の生き方のほうが、キリスト教よりも美しく価値的で生きるに値する人生で
あると理解せしめ、入信させていることだろう。

22吾輩は名無しである2019/06/26(水) 21:47:54.36ID:VbfYkDGe
良スレあげ

23吾輩は名無しである2019/07/20(土) 19:51:21.01ID:ELmN4CpG
かきくけ15

24吾輩は名無しである2019/07/24(水) 10:51:59.11ID:PYM9kZ4K
良スレあげ

25吾輩は名無しである2019/07/31(水) 00:36:14.97ID:5Usybnr3
創価学会の立ち入りは固くお断りしております

26吾輩は名無しである2019/08/01(木) 16:07:06.81ID:pvCpIsFn
底辺搾取奴隷

27吾輩は名無しである2019/08/08(木) 19:27:41.85ID:sB4vGrVN
本スレ埋め立てられてるけどこっちが次スレでOK?

28吾輩は名無しである2019/08/09(金) 01:48:53.75ID:D7JH8qld
『もっとも、ぼくはなまけ者です。とてもなまけ者です。しかし、どうも仕方がありません、ぼくにとってこの世に残っている唯一のものは、不断の無為をなすことなんですもの!
いつかぼくのわびしい想念が静まることがあるやら、自分でもわかりません。
人間の宿命として与えられている状態はただ一つです。
人間の魂の雰囲気は天と地の合流の中にあります。
人間はなんという反合理的な子供でしょう。
精神的自然の法則が破れているですもの・・・・この世界は、罪深い想念に曇らされた天の精霊のための煉獄みたいな気がします。
この世は、否定的な意味を採ったので、高遠で優美な、精神的なものから、サテイールが出て来た、そんなふうに思われます。
もし、この画面の中に、全体と効果も思想もわかたない人間、つまりまったく関係のない人間が飛び込むとしたら、いったいどうなるでしょう?画面は台無しになって、存在することができません!

 しかし、全宇宙がその下で悩んでいる固い殻のみを見ているうちに、意志がただいちど爆発さえすれば、この殻を破って、永遠と融合することができるということを知り、それを知りながら創造物の中で一番の屑でいることは
・・・ああ、恐ろしい!人間てなんという浅はかなものでしょう!ハムレット!ハムレット!
麻痺した世界のうめきを響かしているあの荒々しい、けうとい言葉を思い出すとき、その時は、わびしい不平も非難も、ぼくの胸をしめつけはしない
・・・魂は悲哀のためにしかく圧迫されているので、おのれ自分を責めさいなまないために、それを理解するすることを恐れているです。
ある時パスカルはこういいました。哲学に抗するものは、そのものみずから哲学者である、と。哀れな哲学者よ!』以下略

29学術2019/08/09(金) 10:34:28.46ID:vaP+D8xm
〇術   〇に入るのが十個以上はいけてね。

30学術2019/08/09(金) 11:25:08.62ID:vaP+D8xm
幻 妖 仙 魔 呪 策 とかね。

31学術2019/08/09(金) 11:32:51.35ID:vaP+D8xm
軍術。

32学術2019/08/09(金) 11:33:10.18ID:vaP+D8xm
脚術

33学術2019/08/09(金) 11:34:07.13ID:vaP+D8xm
光術 暗術 なんかもあるし 占星術でも戦える。

34学術2019/08/09(金) 11:34:51.70ID:vaP+D8xm
そういうモノが学術の目的と結果なワケ。

35学術2019/08/09(金) 11:35:16.99ID:vaP+D8xm
召喚術とかな。

36学術2019/08/09(金) 11:35:41.70ID:vaP+D8xm
交霊術 ペルソナみたいな。

37学術2019/08/09(金) 11:36:36.99ID:vaP+D8xm
降霊術 霊術 もあるよ。

38学術2019/08/09(金) 11:37:41.77ID:vaP+D8xm
武術 美術 芸術 も異能さ。

39学術2019/08/09(金) 11:48:13.46ID:vaP+D8xm
舞空術 なんてすごいよな気功術の気功砲なそれより駆け出しで低レヴェなことならできなくもない。

40学術2019/08/09(金) 12:00:24.89ID:vaP+D8xm
それよりはましな人生してるつもりさ、超えなきゃ読んだ意味がない。

41学術2019/08/09(金) 12:09:13.07ID:vaP+D8xm
用兵術 なんかも自分過ぎないからいいよな。

42学術2019/08/09(金) 17:59:19.04ID:Mo0HH/TC
俺は無職だ。死にたい

43吾輩は名無しである2019/08/09(金) 19:11:59.28ID:k701439M
>>42
長い目で見たら職業なんて小さなことですよ
もっと自分がどう見られているのかより、自分が何を見ているのか考えましょう

44学術2019/08/09(金) 19:30:27.52ID:Mo0HH/TC
平日の昼間から掲示板に書き込むことしかすることが無い。

45学術2019/08/09(金) 19:31:11.65ID:Mo0HH/TC
カスみたいな人生だ。誰か俺を殺してくれ。

46吾輩は名無しである2019/08/09(金) 21:32:47.43ID:51hU92Z1
>>45
人間にはその日その日の調子がありますからね
明日になれば気分も晴れることを願って、こんな日は薬でも飲んで寝てしまいましょう
それに誰だって大した人間なんていないですよ

47吾輩は名無しである2019/08/10(土) 00:35:03.60ID:6I7PKAV7
>>28
パスカルといえば、『悪霊・上巻』でステパンが何度か口にする台詞
「この世には道理より坊主が多い」というのがパスカルの言葉らしいね

48吾輩は名無しである2019/08/10(土) 02:20:31.59ID:HyEn5NoL
>>47
ドストエフスキーは色々と好きな作家の引用を使うよね
シラーとかパスカル、スウィフトのガリヴァー旅行記からも使っている
作家は読書家でもある、なんていうのはその通りなんだろうね

ちなみに俺はパスカルだったらパンセからこれが好きですw

神様がいるか、いないかを賭けたとき、神様が存在しているほうに賭けたほうが良いって知ってるかね。
神様が存在しないなら、神様を信じていたとしても信じていなかったとしても、天国も地獄も存在しないから死んで得るものも失うものも何も無い。
だけど、神様を信じて、神様が存在したのなら、死後に天国に行くことになり、受け取るものは無限大になる!!
だから、神様の存在する可能性がいくら低くても、いた場合に得るご利益が大きいから、いるって賭けたほうが良いんだよ。

49吾輩は名無しである2019/08/10(土) 14:29:45.86ID:aQI4YyD2
ドストエフスキーの文学的表現は極限的な手法といわれ、極に選択を課す手法をよくとる
ラスコリニコフは、すべての人間に対して、誰が生きるべきであるか誰が生きるに値しないかを分けることで自らの人生が生きるに値するかどうかを試みる

カラマーゾフにおいては一つの大きな問いがあった
はたして人生とは、「永遠なのか、それとも虚妄なのか」

そのことを踏まえて考えると、キリーロフの思想は異質であり、それが故にポイントになるのかもしれない
キリーロフもこの命題を試みたのかもしれない
あくまでそれは形而上の死後を含めた世界の中ではなく、この地上で肉体的な生の世界においてだろうけども
だから彼がこの命題について最後に結論するならば、きっとこう言うのだと思う
人生とは、「永遠であり、しからずんば虚妄である」

ある数秒間がある、ーーーー、何より恐ろしいのは、それがすさまじいばかり明晰で、すばらしい喜びであることなんだ。もし、五秒以上もつづいたら――魂がもちきれなくて、消滅しなければならないだろう。
(悪霊ーキリーロフ)

50吾輩は名無しである2019/08/10(土) 23:28:01.10ID:k7PAARPN
人間は永遠に耐えうる生き物では無いよ
かといって有限性にも耐えられない
まあ長生きすればするほど
老いて肉体が劣化するほど苦しみは増える

単なる肉体的苦痛が日常的になると
観念的苦しみへと変わりそれが恐怖になる
で、この苦しみと恐怖が心と人格を蝕んでいく
考える力のある人間ほどさらに苦しむ


そうなると過去の幸福な時代の記憶が現在の惨めな境遇をさらに惨めなものにし
苦しみの記憶は恐怖をさらに強くする
このあたりの人情の機微はボードレールあたりが詳しいだろうね
ドストエフスキーの苦悩はちょっと抽象的なんだよ

51吾輩は名無しである2019/08/10(土) 23:47:43.22ID:6I7PKAV7
サンタクロースを信じた振りをすれば信じていなくてもプレゼントがもらえる
だが神を信じるればケツの毛まで毟られる

52吾輩は名無しである2019/08/11(日) 00:37:50.49ID:Wtm9czoA
確かに人間は、自由や永遠に耐えられないのかもしれない
スヴィドリガイロフは永遠について、それは狭い箱に閉じ込められるようなものしか想像できないことだとラスコリニコフに語るが、本意はおそらく、「狭かろうと広かろうと自我永続的に維持しなくてはならないことが苦痛だ」と言いたかったんだと思う

究極的に、人間の目的はナルシシズムの克服にある、と仏教的な東洋の思想を西洋の精神学はそう眺めた
老い、死、苦しみ、そして欲求するものは決して手に入らないという苦悩が生には存在するが、それを自覚し、現実的に目覚めることが求められ、それが出来たならば不滅自我という幻想は消え去り、自我の欲求すらも克服できると
キリスト教では隣人愛であり、ナルシシズムとは不滅な偶像の幻想の克服になる

ドストエフスキーの苦悩は抽象的なのは確かだけど、人間は、誰もがこの自我の優越性を他者とどう和解し妥協していくのか、ドストエフスキーの苦悩もまたそういう簡単な苦悩に過ぎないのではないか、なんて思いますよ

53吾輩は名無しである2019/08/11(日) 00:50:28.97ID:mG9/2XKq
キリストはユダに俺を裏切ってでもお前だけは生き延びろと諭したわけだ
しかし自己愛を超えた隣人愛といってもどうせ隣人も死ぬ
自分より大事なものを見出すキリスト教の境地も隣人の死によって破綻するだろう

空の空、諸行無常を受け入れるしかない

54吾輩は名無しである2019/08/11(日) 00:59:00.48ID:Wtm9czoA
マーシャについて日記でこう語る
キリストの教えに従って、人を自分自身のごとく愛することは、不可能である。地上の個性の法則に縛られる。われが妨げる。ーーーーー。
もう最初から不可能だと告げるが、わざわざ告げるのはそうしたいという反動の欲動の表れでもある

ナルシシズムにおいて人間は、自分に関係するものを過大に評価してー自分に関係しないものは過小評価する、という一つの法則があるのだろう
私は優秀だが私以外は愚かだ、という自己意識は宗教的には咎められる傲慢という罪になるが、生存していくという生物学的にはなくてはならない欲求なんだと思う
それは生を求めるという単純な本能に過ぎないのだから
唯物論者ならば罪の意識は持たないだろう
生存こそ善であるならば、それに従属する欲求が悪になるはずかない

ドストエフスキーはなぜか宗教的モラルを持ち、それを罪であると認識してしまったために苦悩している
ドストエフスキーの苦悩とは単純に、生きるとは罪であるのか、という漠然な生への問いなのかもしれない
生存的本能と形而上の規律、シベリアでの死刑宣告や父親の農奴による殺害、相反する2つの顔の葛藤は形成された超自我の原因はそんなところなんだろうけどね
おかげで色々な文学が生まれ、こうして今の俺が読んで楽しんでいるので、彼の苦悩もまた意味があったとしておこうw

55吾輩は名無しである2019/08/11(日) 01:14:49.13ID:Wtm9czoA
>>53
的確だけどすこし厳しい表現だねw
いずれ死ぬ、という蓋然性はすべてを飲み込んでしまうね
そう言われると反駁のしようがなくなるw

ナルシシズムの克服なんて言ったけど、ナルシシズムとは一つ偶像崇拝の形なんだろうと思う
人間の飛び抜けた能力を崇拝することで偶像崇拝は生まれ、それに何もないはずの自分を同化させることでナルシシズムは養分を得て成長する

一方で神とはナルシシズムの対にあるのではなかろうか
神とは全知全能であり、そして全知全能なのは神のみであるということ
そのことが自己の偶像の成長を排除して、自己を客観的な自覚に導く
なぜなら優越性は神のみの所有であり、人間は謙虚になるしかならなくなる

しかしながら、いつしか人間は神の代理なんていう概念でそれを解消しナルシシズムを取り戻そうとする
中世のローマカトリックの法王なんてそれなんだろうね
ドストエフスキーが書いた大審問官なんてまるきりそういう話になるw

56学術2019/08/11(日) 07:30:19.74ID:yNgkzyjt
永遠に生きても犠牲やみつぎにならないよな。

57吾輩は名無しである2019/08/11(日) 13:00:52.03ID:mG9/2XKq
学術さんて本当に無職なんですか?

58学術2019/08/11(日) 18:09:27.51ID:yNgkzyjt
有職故実書持ってるよ。

59吾輩は名無しである2019/08/11(日) 19:20:35.48ID:mG9/2XKq
5chで遊んでばかりいないでハローワークに相談行った方がいいですよ
https://www.hellowork.go.jp/

60吾輩は名無しである2019/08/11(日) 19:57:11.01ID:Wtm9czoA
お盆だから9月から本気出せばOKですよ
ハローワークの紹介する会社がお盆ですからね
9月はまだ残暑があるので10月からでもOKです

61吾輩は名無しである2019/08/11(日) 21:56:56.71ID:Wtm9czoA
この奢侈で支えられた資本主義の国家では、目的と手段が逆になってしまった欲を満たすだけの仕事が多くなっていのも事実です
だったらいっそのこと無職でいる方がいいのかもしれませんよ

「もっとも凶悪な犯人でも震えあがり、それを聞いただけでぞっとするような、恐ろしい刑罰を加えて、二度と立ち上がれぬようにおしつぶしてやろうと思ったら、労働を徹底的に無益で無意味なものにしさえすれば、それでよい。

いまの監獄の苦役が囚人にとって興味がなく、退屈なものであるとしても、内容そのものは、仕事として、益も意味もある。囚人は煉瓦を焼いたり、畑を耕したり、壁を塗ったり、家を建てたりさせられているが、この労働には意味と目的がある。

苦役の囚人が、どうかするとその仕事に熱中して、もっとうまく、もっとぐあいよく、もっとりっぱに仕上げようなどという気をさえ起こす。

ところが、たとえば、水を一つの桶から他の桶へ移し、またそれをもとの桶にもどすとか、砂を搗くとか、土の山を一つの場所から他の場所へ移し、
またそれをもとへもどすとかいう作業をさせたら、囚人はおそらく、四、五日もしたら首をくくってしまうか、あるいはたとい死んでも、こんな屈辱と苦しみからのがれたほうがましだなどと考えて、やけになって悪事の限りを尽くすかもしれない。」
『死の家の記録』

62吾輩は名無しである2019/08/11(日) 22:46:08.04ID:YFp/BBAz
それは中年サラリーマン追い出しを目的とする研修でよくやられていることですね
小学生のころから反省文という名の自己批判をさせたりするし
日本社会は精神刑が日常的に行われる国なんですね
あまりに日常的なので麻痺している

63吾輩は名無しである2019/08/11(日) 23:15:39.84ID:mG9/2XKq
いわゆる「シベリアで木を数える」というやつですな、へっへ!

64吾輩は名無しである2019/08/12(月) 00:58:46.92ID:PmYN5xkx
英語では厳密的に森と林という単語の区別がないらしい
単語がなければ概念がないということになる
日本人はシベリアでも木を数えろ、と言われても、喜んで数えるのかもしれないねw
そしてエクセルで表にさえするかもしれなw

65吾輩は名無しである2019/08/12(月) 01:40:43.16ID:VB8sddr5
土方のあんちゃんよりプログラマーとか知能労働者に自殺が多いことを考慮すると
「穴を掘って埋める仕事」でもそこそこの金がもらえるなら構わない人は意外と多いかもね

へっへ!

66吾輩は名無しである2019/08/12(月) 01:53:02.11ID:VB8sddr5
(「自由な人間は何より死について考えることがない。そして彼の知恵は、死についての省察ではなく、生きることについての省察である。」スピノザ)
娑婆の普通の人々は嫌なことについてあえて考えない(これもある種の二重思考である)
たとえ意味のない仕事をさせられたとしても、それでもらったわずかな金でどう遊ぶのか、そのことだけに関心を払う

世の中はそうやって成り立っているんだ、へっへ!

67吾輩は名無しである2019/08/12(月) 02:09:16.43ID:PmYN5xkx
精神分析ではスピノザはバイオフィリアらしい
とにかく生に惹かれるタイプで、悪霊で言えば自殺を考え出す前のキリーロフに近いと個人的には思っている

ドストエフスキーが好みそうなキャラクターだねw
合理主義者は仕事の内容にもこだわりそうだけど、メタ合理主義者なら貰った報酬にしか興味がない
金に溺れた脱税するような経営者もそれと似ている気がするよ

68学術2019/08/12(月) 08:18:18.89ID:gAGVN4sM
スピノザより定理がどう国をまたいで伝承したかなどだよ。

69吾輩は名無しである2019/08/12(月) 15:13:48.53ID:Vk9j6Cve
「穴を掘って埋める仕事」自体に大した意味が無くとも
それを生業とする人間が一定数存在して
この人間集団が経済システムに一定の地位を占めているのなら
社会は「穴を掘って埋める仕事」を必要とするだろうね
働かないでうろうろしている蟻と似たようなものだね

70吾輩は名無しである2019/08/12(月) 23:04:16.36ID:PmYN5xkx
意味のない作業繰り返す、そう言われるとシシュポスの神話を思い出す
それと同時に、人間の一生もまた繰り返す作業のように思われて、そのことで少し虚無感を持ったりもする

シシュポスは、繰り返される作業の中にある一瞬の休息に力強い生を見つける
その一瞬は繰り返される運命をしのぐのだと

時間よ止まれ、おまえは美しい
この世の栄冠の限りを味わったファウストもまた、積み上げる壁という作業の中にある一瞬、休息を留めたいと願った

社会には、実は意味のない作業など存在しないのかもしれないね

ーー神々がシシューポスに課した刑罰は、休みなく岩をころがして、ある山の頂まで運び上げるというものであったが、ひとたび山頂まで達すると、岩はそれ自体の重さでいつも転がり落ちてしまうのであった。
無益で希望のない労働ほど恐ろしい懲罰はないと神々が考えたのは、たしかにいくらかはもっともなことであった。ーー

「いわばちょっと息をついているこの時間、彼の不幸と同じく、確実に繰返し舞い戻ってくるこの時間、これは意識の張りつめた時間だ。
かれが山頂を離れ、神々の洞穴の方へと少しずつ降ってゆくこの時の、どの瞬間においても、かれは自分の運命よりたち勝っている。かれは、かれを苦しめるあの岩よりも強いのだ。」カミュ シシュポスの神話より

71吾輩は名無しである2019/08/13(火) 01:05:29.74ID:sl6IlaYA
諸君は犬を飼ったことがあるかな?
早朝と夕方に毎日1時間ほど散歩にいくのだが、当時は時間を取られると煩わしく思うこともあった
しかし犬というものは、あるいは子供というものは習慣を愛する生き物である
いつものメンツで、いつものルートを一緒に散歩することを飽きることなく喜ぶ
そこに意味や目的、成長は必要とされない
「こんな日がずっと続くといいのにね」という充実感だけがある

もし人間が現状を肯定できる生き物であったなら、文明は発展しなかっただろう
虚無感は変化を促す意志の源でもあるのだ

72吾輩は名無しである2019/08/13(火) 01:41:24.19ID:Po8tdI3S
すげーわかるきがする
多分文学から引用とかすると難しくなっちゃうけど、なんか小学生くらいの頃の家族でやる夏の花火とか、このまま寝ちゃうのが嫌で必死に起きていた気がする

でも子供だから結局は寝ちゃうんだけど、このまま時が止まったらいいなー、みたいな気分があって、意味がどうとかなんて子供の頃は考えもしなかった

だけどここは一応ドストエフスキースレなので、該当すると思われる部分は引用しときますw
あのキリーロフ だけど、そういう気持ちで読んだら意外と的を射てる気もしなくもない

>>71
現状を肯定する、とは、すべていい、という事にとてもよく似ているとおもう

「すばらしい。赤ん坊の頭をぐしゃぐしゃに叩きつぶす者がいても、やっぱりすばらしい。
叩きつぶさない者も、やっぱりすばらしい。すべてがすばらしい、すべてがです。
すべてがすばらしいことを知る者には、すばらしい。もしみなが、すばらしいことを知るようになれば、すばらしくなるのだけれど、すばらしいことを知らないうちは、ひとつもすばらしくないでしょうよ。
ぼくの考えはこれですべてです、これだけ、ほかには何もありません」

73吾輩は名無しである2019/08/13(火) 01:54:51.25ID:Po8tdI3S
もしくは卒業式とかね
あの卒業歌の練習煩わしくてしょうがなかったけど、なんかこのままでいたいような気もしたのは覚えている
あのオウムみたいに無理やり同じ歌を散々と練習させられた煩わしさが後々よく思えたりもするw

74吾輩は名無しである2019/08/13(火) 02:26:59.00ID:sl6IlaYA
そうそう、ニーチェの永劫回帰、カミュのシジホス、ドストのキリーロフのアレの話ですな、へっへ!

75吾輩は名無しである2019/08/14(水) 23:50:28.95ID:y8lyc6a6
書きたいことはいろいろあるけど書き写すのが面倒くさいんだ

76吾輩は名無しである2019/08/15(木) 00:58:40.03ID:2gaZ1YFk
なら暇潰しに代理しようw

ドストエフスキーはある予言を残した
彼はディストピア作家ではないが、その未来に自由と人間の独立はないと想像している
これはもちろんソビエト社会主義含むが、嘆かわしいことに現代の私たちからすると、近い過去は近い未来に似るらしい

人びとはやがて空中を歩いたり飛んだりするかもしれない。いま鉄道で旅行している速度の十倍の速さで、非常に広い空間をひとっ飛びということになるかもしれない。

土の中から信じられぬくらいの収穫をひきだし、化学によって有機体を作りだし、わがロシヤの社会主義者たちが夢みているように、牛肉が一人一キロずつ行きわたるようになるかもしれない。一口に言って、さあ飲め、食え、楽しめというわけだ。

さあ、すべての博愛主義者たちは絶叫するに違いない。今こそ人間は生活を保障された。
今こそはじめて人間は本領を発揮することだろう! もはや物質的窮乏はないし、すべての悪徳の原因だった、人間を蝕む《環境》ももはやない。
今こそ人間は美しい、正しいものになるだろう!
もうこれからは、どうにかこうにか暮らしてゆくための絶え間ない労苦はなくなり、今やだれでも高尚で深遠な思想や普遍的な現象に関心をもつようになる。今、今こそやっと最高の生活がやってきたのだ!

だが、おそらくこうした歓喜は人間の一世代ともつまい! 人びとは突然、自分たちの生命がもはやほろび、精神の自由も、意志も個性もなく、だれかが何もかも自分たちから一遍に盗んでしまったのだということに気づくだろう。
人間らしい顔つきは失せ、畜生のような奴隷の姿、形、畜生の姿が、やってきたのだ。
(作家の日記より)

77吾輩は名無しである2019/08/15(木) 01:01:08.50ID:2gaZ1YFk
自由には独立、個々の人間の自立が必要であるけども、人は未来でさえ隷属したい欲動はどうやら消せないのかもしれない

そしてディストピア作家の多くもまた未来想像する
ハクスリーはすばらしい新世界を書くにあたり一つの予言を書き記している
嘆かわしいことに、この国もまた、後者ではなく前者の道を、金を払って選んでいるのかもしれない


真に効率的な全体主義社会というのは、強大な権力を持つ政治的権力を持つ子集団と、それに奉仕する事務方の軍団が、隷属を愛するゆえに強制されなても働く奴隷の大集団を管理する国家だ。
ユートピアはほんの15年前に私が想像したよりもずっと近いところにあるようにみえる。
ひとつは、ナショナリズムに凝り固まった軍事優先主義社会的、全体主義的な国々が、恐ろしい原子爆弾みずからの基礎に据え、文明を破壊する社会。
もう一つは、個々の国家を超越した全体主義の世界で、急速な科学技術の発展、とりわけ原始革命から生じた社会的混乱をきっかけに現れ、効率性と安定性が追求される中で専制的福祉国家へと発展するユートピアだ。
さあ皆の衆!金を払って、好きな方を選べ!(マックトゥエンより引用)

オルダス ハクスリーより

78吾輩は名無しである2019/08/15(木) 01:21:05.91ID:2gaZ1YFk
あくまで後者や前者というのは、マシなディストピアかディストピアかの違いしかないけどねw

79吾輩は名無しである2019/08/15(木) 03:09:13.64ID:H7TM9ugA
前者は旧帝国主義や民族主義、戦時体制から抜け出せなくなったソ連系社会主義(=失敗した共産主義)
後者は『素晴らしき新世界』の共産主義が成功した世界のディストピアだね
しかし過去の人々からみれば我々の今も十分にディストピアかもしれない

さて後者の観点だが、現代社会の悲劇は過去の社会において夢物語とされた理想の結果として生じている
何かが解決すると弁証法的に次の問題が生じ、世の苦難は決して絶えることはない
(ので、プルードンは変革に悲観的であり、マルクスと対立した
 マルクスは変革すべく戦うこと自体に人間存在の価値があると見ていた)

ディストピアは文明発展の副作用として生じ、あるいは人間が不幸の概念をわざわざ新しく発明することにより生じている
こんにち、不幸とされている概念は昔は存在しないか、些細な問題と見なされていたものばかりだ

「貧しさは豊かさにより生じる」(フーリエの弁証法)

80吾輩は名無しである2019/08/16(金) 00:24:00.19ID:9clBPBwM
過去の人から見れば、現代の社会がディストピアに見えるというのは確かにそうなのかもしれない
ただしディストピア社会とは管理された社会という意味においてだけど

ネットの発展により、情報の共有化並列化で人は均等になってしまった
技術の特化が優遇される場では、能力は価値をもたらさないのかしれないね

どこか社会の正当性もまた、正しさよりも世論と多数という数によって決められる現代は、もはや人間の自我に拠らないディストピアと言われても過去の人間に反駁できない気がする

81吾輩は名無しである2019/08/16(金) 00:48:41.70ID:9clBPBwM
ディストピアにも種類がある
オーウェルが描くような官僚的管理者なのか、ハクスリーの描く階級的福祉社会なのか

そういえばフーリエも愛の新世界を描いてみせた
いわく、情念という性愛の共産主義化になる
家族とは人類からの最大の孤立である
隣人愛において、その隣人を愛するならば一夫一妻制という特定の第三者「のみ」を愛することは調和という全体の愛からはほど遠くなる
共産主義の理想とは私有財産の廃止であり、共生・共有こそが理念になる
よって、情念の共産主義においては、特定の第三者を問わないフリーセックスが愛の共有であり、欲望を否定せずその方向を調和に向ける理想社会の可能性がそこには存在する

ドストエフスキーやトルストイも似た思想があるね
もちろん性愛の共有化ではなく性愛そのものの消滅という思想だけども、本質的には同じなのかもしれない
ドストエフスキーに限ってはフーリエに傾倒していた時期があるので説明もいらないだろうけど

作家の日記(4月16日-マーシャの死)でドストエフスキーは書き記している
めとったり、とついだりすることはない、彼らは天にいる御使のようなもの(マタイ22-30)、として生きることを調和の理想としている

個人的には性を厳格に規制された1984みたいな社会より、すばらしい新世界や愛の新世界のフリーセックスがある社会のほうがディストピアであってもマシだと思うけどw

82吾輩は名無しである2019/08/16(金) 12:33:20.31ID:AeIlj3Me
こういう本の根拠って何なのかな
本当なのだろうか

釈迦は反出生主義者だった?
古くは仏教の開祖ブッダ(ゴータマ・シッダールタ)がスッタニパータで「子を持つなかれ」と説いている[2]。

Hari Singh Gourは彼の本The Spirit of Buddhismの中で、とりわけ四諦とパーリ律の始まりを考慮し、以下のようにブッダの教えを解釈している。

ブッダ曰く、人生が苦しみである事は忘れられがちである。人が子供を作る。従ってそれが老いと死の原因である。彼らが苦しみの原因がその行いにあると気付いたならば、彼らは子供を作るのを止めるだろう。そうして老いと死のプロセスを止めるべし。

83吾輩は名無しである2019/08/16(金) 17:07:33.04ID:qzqiOGte
生まれてこぬが最善、次善は死ぬことであるみたいな名言残したのはキュロス王だっけかな
当時は反出生主義があちこちで湧いてた気がするけど釈迦は死後の世界を認めた認めぬとか
デマや後世の修正が多いから判断が難しい

84吾輩は名無しである2019/08/17(土) 01:03:18.88ID:ES4u3mJ9
今ある、ということは何物にも変えがたい恩恵なのに、生まれてこない、死を賛美するなんて悲しい
ざっとググったらこんなに出てきた、なんて世の中だw
しかもショーペンハウアーばかりじゃないかw

結局、私の生活は苦痛と重荷にすぎなかったし、七十五年の全生涯において、真に幸福であったのは四週間とはなかった、とさえ断言できる。
私の生涯は、たえず転がり落ちるので永遠にもち上げてやらなければならぬ岩のようなものでしかなかった。
(ゲーテ)

もし子供が純粋に理性の働きによって作られるなら、人類はそれでも存続しえたであろうか?
むしろ誰もが来たるべき世代に対して深い同情を感じて、なるべくなら彼らには存在の重荷を背負わせるような真似はしたくはないと思ったりはしないであろうか。
(ショーペンハウアー)

人間は死の恐怖と生の苦痛とのはざまを漂流している悲惨な存在である。生きることを嫌悪しつつ、死ぬこともできないでいるのだ。
(セネカ)

子どもを産むことは、災いを増大させることにほかならない。
存在しないよりは存在する方がマシだということを証明するいかなる方法も存在しない。
赤ん坊を他人に見せ、潜在性のこの災厄を見せびらかしては悦に入る。
これはもう理解を絶した狂気の沙汰だ。
(シオラン)

私は死を恐れない。私は産まれるまで何十億年もの間死んでいたのに、少しの不自由も感じなかったのだから。
(マーク・トウェイン)

人生は無意味なものである。これが真理だった。自分の前には滅亡のほか何物もないことを発見したのである。
生に酔いしれている間だけは生きても行けよう、が、さめてみれば、これらの一切がごまかしであり、それも愚かしいごまかしであることに気づかぬわけにはいかないはずだ!
(トルストイ)

赤ん坊が生まれたときに泣くのは、この大いなる阿呆の舞台に上がってしまったからなのだ
(リア王)

85吾輩は名無しである2019/08/17(土) 01:03:51.02ID:ES4u3mJ9
人生とは裏切られた希望、挫折させられた目論見、それと気づいたときにはもう遅すぎる過ちの連続にほかならない。
(ショーペンハウアー)

人生は苦痛と退屈のあいだを、 振り子のように揺れ動く
(ショーペンハウアー)

眠りは良い、死はもっと良い。でも一番良いのは生まれてこないことだ。
(ハインリッヒ・ハイネ)

死は我々から意識を永遠に奪うものであるが、不思議な利益もあって、深い夢のない眠りは最も幸福な人生のいずれの日よりも好ましい。
(プラトン)

幸福は夢に過ぎず、苦痛は現実である。
永遠の生命というのはどのようなものか私は知らない。
だが、これはよほどたちの悪い冗談だ。
(ヴォルテール)

86吾輩は名無しである2019/08/17(土) 01:04:00.71ID:ES4u3mJ9
なぜ我々は出産を喜び、葬儀で悲しむのか?当事者ではないからだ。
(マーク・トウェイン)

この世は、苦悩と不安に苛まれている生物が、互いに食い合うことによって生を繋いでいる修羅場である。
墓石を叩いて、もう一度生き返りたいかと死者に問えば、彼らは首を横に振るだろう。
そして、ソクラテスの意見もこれと同じである。
(ショーペンハウアー)

もし魂が肉体とともに死滅するのであれば、死は一つの救いである。
(キケロ)
貪り食う動物の喜びと、今まさに貪り食われている側の動物の苦しみを足してみたまえ。世界には苦痛のほうが多いことが容易に判るだろう。
(ショーペンハウアー)

人生はとるに足りない夢だ。いつかは消え去ってしまうのだ。
(ナポレオン)

87吾輩は名無しである2019/08/17(土) 01:06:32.41ID:ES4u3mJ9
そしてドストエフスキーだけど、ドストエフスキー読者なら本の中の一部を切り取って、その人の本質だったと言わないけどねw
本には全体という構成がある、モノローグではない

人を幸福にし、最後には人々に平和と安らぎを与える目的で、人類の運命という建物を作ると仮定してごらん。
ただそのためにはどうしても必然的に、せいぜいたった一人かそこらのちっぽけな存在を、例えば例の小さな拳で胸を叩いて泣いた子供を苦しめなくてはならない、
そしてその子の償われぬ涙の上に建物の土台を据えねばならないとしたら、お前はそういう条件で建築家になることを承諾するだろうか。
(カラマーゾフの兄弟)

88吾輩は名無しである2019/08/18(日) 01:24:39.42ID:4/ekVW7c
そんな悲観的現実を超えて人生を肯定する哲学をニーチェは目指したらしいが
あの人は何がいいたいのかよく分からん
人生ひとそれぞれでいいよという実存主義らしいが

またサルトルは人は目的をもって生まれるのではなく、親が後先考えずに無責任に産み、
ゆえに人は生まれてからの経験によって後天的に自らの生まれてきた意味を獲得するみたいなこと言ってるね
人間個体においてそうなら、類的な文脈(人類)においても後天的に(これから)意味を見出すしかないのだろう

89吾輩は名無しである2019/08/18(日) 02:06:36.89ID:4/ekVW7c
一方でキリスト教に限らず神や真理に生の意味を求めるというのは先天的な(過去に)意味を求めるに等しく、
この先天的な人生の意義とは、近代においてそれは猿の本能に根付く原始的本能に生の意味を求めることに変わった
フロイトの場合、それは快楽の追及であり、すなわち性行為であるという(金や権力という人もいるかもしれない)

90吾輩は名無しである2019/08/18(日) 15:59:13.46ID:dLhsSnmR
ニーチェは何が言いたいのかよく分からないという気持ちは分かる気がする
単純に俺の場合は肌が合わなかったよ

カルヴァン主義者たち予定説を念頭においたね
意志の自由の否定であり、自我の否定でもある
あらかじめ祝福されたものと、罰せられる運命にあるものは生まれる前から決められているとした
一方で善く生きる努力は求められる

これは矛盾なのだけど、実は心理的にはとてもかなっている
意志の自由否定することで抑圧し、昇華することで活動に向ける、という弁証法が成り立つ
おまえはなんて無力で無価値なのだ、だから道徳的な活動をしなければならないよ、と

91吾輩は名無しである2019/08/18(日) 16:13:33.73ID:dLhsSnmR
人間は確かに環境縛られる
本能や欲動や無意識に操られているだけなのかもしれない、そんな人形が「我」みたいな顔をドヤっていい気になっているだけなのかもしれないね

彼は決定論を認める為に、もしくは人間は運命に抗し得ない動物だ、と結論したわけではないと思う

フロイトは医者だった
無意識が求めている欲動の動機を正確に認識することで、人は精神の病を治すことができる、そしてあらかじめ定められた枠組みの中ので変化することができると言いたかったのかな、なんて個人的には思うよ

そしてあらかじめ定められた必然性を「ある方向に」変化させるものこそ、自由意志になる

そしてドストエフスキーは、パンのみに生きるにあらず(大審問官)、という言葉を示唆することで、自由意志の問題に踏み込んだのではないだろうか

92吾輩は名無しである2019/08/18(日) 20:13:37.48ID:+et9g8Oz
>>88
>そんな悲観的現実を超えて人生を肯定する哲学をニーチェは目指したらしいが
>あの人は何がいいたいのかよく分からん

生の本質は惨苦であり、これを隠ぺいすることが哲学やキリスト教倫理の目的である
本質的に好戦的だったギリシア人が哲学を発明した理由は
生という闘争に疲弊したが故にであり
これを欺罔するためにイデアという虚構を設定して現在の生を否定した
また、ユダヤ教を起源とするキリスト教はユダヤ人の奴隷的境遇に対する
内的復讐感情を未来における救済という形で欺罔した

この二つの思想・宗教を源流とする西欧文明では
現世否定と道徳への服従という内的抑圧が人格形成上の基本原理となっており
大衆化が進んだ市民社会ではさらに悲惨なものになって
人びとの精神生活や生を惨めなものにしている

この二つの軛を粉砕して
人間が創造的に生き、あるいは模索することこそ
思想や芸術にとって急務なのである

…とまあこういったことを手を変え品を
いくつも変え書きちらしているわけです
ある意味ヒューマニズムなんですね
ただ、人格の統一性や普遍性まで否定しているので
その実践は狂気に近いものとなる

93学術2019/08/18(日) 20:39:04.40ID:9MFcTvF/
医者は左遷とちゃう?

94学術2019/08/18(日) 20:39:57.58ID:9MFcTvF/
治しても殺されると思うから現代のシジフォスみたいにナンセンスだ。

95吾輩は名無しである2019/08/18(日) 22:21:36.83ID:dLhsSnmR
>>94
精神療法は、所詮は対処療法でごかましかもしれないけどないよりはマシでしょう
一時的でもいいから不安を持っていることは苦痛ですからね
緊張している時は食べ物が喉を通らないので嫌いですw

96吾輩は名無しである2019/08/19(月) 00:35:41.70ID:D9127+Pm
>>92
ニーチェの目的は「これが人生か、ではもう一度」でしょう
自分は彼が挫折しらない時期に書いた「悲劇の誕生」を読んでないので
どうしても「挫折した人が人生を肯定するために考えた思想」というバイアスがあって
それでキリーロフの「人殺しも誰もかれもすべての存在が素晴らしい」につなげてしまうんだなこれが

97吾輩は名無しである2019/08/19(月) 01:10:07.65ID:D9127+Pm
ニーチェはもともとナルシストで嫌なヤツだった
それから挫折して痛い目にあったわけだけど、
かといって人生はクソだなと厭世主義に逃げたくなかった
彼は人間は肯定的感情に満ちている=ナルシストであるべきだという
この世はクソだという厭世主義の対極にあるのは現世のすべてを肯定する以外にない

ニーチェは文献も学者の解説も抽象的なので、あんまり関わりたくない……

98吾輩は名無しである2019/08/19(月) 01:39:52.83ID:ROdqQmYi
力の所有とは2つの意味を持つね
一つはより多く支配できる力ということ
一方は自分に能力があるという意味での力ということ

ラスコリニコフは前者を持つものがこの世の法則を踏み越える権利者だと言ったけど、ニーチェが求めた超人というのはどちらの力だったのだろうか
なんてふと思った

99吾輩は名無しである2019/08/19(月) 02:06:08.58ID:D9127+Pm
ニーチェの「力への意志」という概念は前者だろうね
道徳が否定する欲望を肯定するというスタンスのはず
ニーチェもナポレオンが好きだったらしい

100吾輩は名無しである2019/08/19(月) 02:30:37.31ID:ROdqQmYi
>>99
なるほど、そう言うことなんだ
後者は何の心理的な要素はなけど、前者なら推測できるかもしれない

ナポレオン好きとはラスコリニコフと気があうだろう
ラスコリニコフはかなりの捻くれ者だけどw

101吾輩は名無しである2019/08/20(火) 02:15:43.90ID:8dVWRPep
フロムの自由からの逃走を読んでいるんだけど、急にカラマーゾフの言葉が引用に使われていたりすると、読んでいてよかったと思ったりもする

例えば大審問官の、「人は自由という賜物できるだけ誰かに譲り渡したくて仕方がなく、自由という重荷から迅速に逃れようとする動物だ」みたいな事がどういうことなのか、心理学的に書いてある

この本は、自由とはなにか、なぜ自由は苦痛なのか、というテーゼが多い
ドストエフスキーもまた自由意志をテーゼした作家でもある
だから、読んでいるまだ途中だけど面白い本でした

どうやら俺は、意志とか自由とか扱う本が好きなのかな、と思った
ニーチェは挫折したけどw

102吾輩は名無しである2019/08/21(水) 00:14:01.58ID:V+V+vDbQ
ドストエフスキーの意志というと『地下室の手記』で
サイコロがハンドパワーで動かない、人間の意志は無力だと喚いてるシーンが印象的かな
自由意志ではキリーロフの「悪人も自分が善人だと気づけば今すぐ善人になれます」がそれっぽい

103吾輩は名無しである2019/08/21(水) 01:44:37.28ID:EtP2HqLL
意志の問題に先立って「私とは何か」という問題を明確にしないとならないような気がする

自分が同一性を持つとは何であるのだろうか
幼少期の私を自分思っているし、昨日の私も自分であったとも思う
肉体が続いているから「私」だと思っている
しかし思っているのか、思っているだけに過ぎないのか

ではどういう時に私だと思うのか
人と関係を持った時にこの私だと思う
そうならば、この私とは相手の望む姿に過ぎないのだろうか

デカルトは言った
我思うゆえに我あり、と
ドストエフスキーも基本はこの姿勢だと思っている

104吾輩は名無しである2019/08/21(水) 15:42:30.41ID:V+V+vDbQ
死体となった私は私ではないのか?
逆に脳みそだけ他人と入れ替えられても私なのか?
私と思考回路同じのクローン人間は私なのか?

昔のSFでそんなような作品を見た覚えがあるけど
自我の唯一性というのはナルシズムだと思う

105吾輩は名無しである2019/08/21(水) 21:12:20.45ID:usGEmC4+
>>103
>ではどういう時に私だと思うのか
>人と関係を持った時にこの私だと思う

むしろその逆で
人間関係を喪失した際に
「私」とは何か?という問いが生じる
この問いの構造によって「私」というフィクションが生じる
「地下室の手記」の「私」が能弁なのはそのため

106吾輩は名無しである2019/08/21(水) 21:25:31.18ID:OqPQRqsW
哲学的ゾンビなんて言う考え方があるね

いわく定義、物理的科学的電気的反応としては、普通の人間と全く同じであるが、意識を全く持っていない人間」と定義される

皮肉としてとらえたなら別の意味で面白い
悲しい「だろう」から泣き、嬉しい「だろう」から喜んで見せるような服従的な人間はゾンビなのかもしれない、ようは反射で生きて死んでいくのだろう

この私が欲するとかこの私が願うという個の意識や自らの意志で行う選択は、苦痛に感じるのだろう
彼らは基準を権威に委託する
だから決めてもらうことこそが彼らの願いなのかな

一方で彼らは場に適応する能力は高い
統べる者の考え方はなんでもいい
問題はうまく自分が溶け込めるかどうかが彼らの問題なのであって、その考え方がどうかは何でも受け入れる

オーウェルは大審問官を引用したと言うけど、彼も偉大な作家だね

自由は隷属である
無知は力である

107吾輩は名無しである2019/08/21(水) 21:36:25.37ID:OqPQRqsW
>>105
なるほど
そうすると自我の唯一性がナルシシズムにある、と言うのは納得できる

人は子供の頃において母親と一緒の世界に生きているね
それこそ子宮にいる時は栄養もまた母親から、産まれてしばらくも自分でなにも食べられないから泣けば食事が出てくる世界にいる
つまり世界は自分(と母親)しかない

やがて成長し、他人と関わる社会で生きていく
自分と同じように他者も自我があることを悟り、尊重し、妥協することで他者と関係を融和させていく

問題なのは、地下室の主人公のように、他者が自分と同じように自我があることを受け入れられない人間
つまり自意識の強すぎる人間は、ナルシシズムがうまく処理出来なかった者の姿なのかもしれない

ただナポレオンのような英雄ならば、ナルシシズムの世界で生きていくことも可能なのだろうね
ラスコリニコフが求めた世界でもあるね

108吾輩は名無しである2019/08/21(水) 22:23:26.06ID:OqPQRqsW
>>105
早とちりしたかもしれない

関係を持った時ではなくて喪失した時に「私」が発生するならば、「私」という意識を持つには孤立するような状態が必要になる、そんな感じなのかな

109吾輩は名無しである2019/08/22(木) 01:19:53.48ID:hx3Y8Caf
イギリス人のオーウェルがイギリス経験論(経験主義哲学)を代表とするベーコンの言葉「知は力なり」を逆転させたのは面白い
もし彼がフランス人だったらデカルトを逆転させて「我思わない故に我は存在する」で屁理屈をこねただろう

110吾輩は名無しである2019/08/22(木) 01:24:37.69ID:0ZYcV1WO
これはいい事を覚えたw
皮肉をつきたい時は使わしてもらおう
我思わないゆえに我あり、と

111吾輩は名無しである2019/08/22(木) 02:30:22.10ID:hx3Y8Caf
現実の社会でも体制や会社など立場の強い威張り散らした頭おかしい集団に
疑問や反感を一切「思わない故に」その社会で連中と仲良く付き合っていける、
すなわち「我」の居場所「あり」なわけで、正しい意見でも余計なことを思う奴は嫌われ排除されるか
本心と異なる考えに従うことに耐えられずに社会から自ら去っていかねばならんわけだ

112吾輩は名無しである2019/08/22(木) 02:55:45.84ID:hx3Y8Caf
>>108
関係があるほど、たとえば集団の中に埋没しているときほど私を意識する必要がない
「私」は他人や関係によって70%くらい無意識に定義されている
もしそれを失ったら、あるいは足りないと感じている人間は
埋め合わせるために自分を自己定義するのだろう

113吾輩は名無しである2019/08/23(金) 01:46:30.63ID:dtHT9JxG
>>112
関係に依存しないという要素が自由には必要なんだろうね
関係に埋没すると自我を失う、というのはとても共感できた

自由からの逃走でフロムはカラマーゾフを引用している
「人間という哀れな動物は、もって生まれた自由の賜物を、できるだけ早く、ゆずり渡せる相手を見つけたいという、強い願いだけしかもっていない。」(大審問官)

依存した個人は、自己自身を放棄して、誰かに関係を委託したいと願う
そこには対等の愛という観念はもはやないらしい
従属したいというマゾヒズム的な欲動でナルシシズムを増長させる、もしくは所有を願うか
よって彼は近親相姦的な性格構造によって、特定の第三者を過大評価し、他を排他しようとするらしい

ナチスの心理を分析してあって、自由からの逃走は面白かった

114吾輩は名無しである2019/08/23(金) 23:03:51.13ID:ldS8mcIo
俺はフロムとかアーレントの議論て血液型占いみたいな印象論で
そこそこ当たってる気はするけど科学的手法とは言えないかなと思ったり

自由とは考え続ける状態のことであり、疲れるんだろうね
エルンスト・マッハがいうには、人間の脳は普段は労力を抑えるために
視覚や聴覚から得た情報をフィルターを通しておおざっぱに遮断しているらしい
これを情報のエコノミー(節約)というらしいが、つまり人間は自由という面倒事は
本当に必要な時以外は脳の情報処理コスト的な理由で回避しておこうとする生き物なんじゃないかな

115吾輩は名無しである2019/08/23(金) 23:20:07.07ID:ldS8mcIo
そういえばアーレントがファシズムは孤立した大衆(モブ)によって成立し、
ドイツにおいては戦争(WW1の長期戦)によって、
ソ連では秘密警察による民衆の分断によって成立したと書いてあった
オウムは周知のことだと思うが、創価も外部世界との関係を執拗に分断しようとするらしいね

関係の数が減れば少ない関係に強く依存し、それすらも失ったら(あるいはどうでもよくなったら)
自分自身との関係が強くなるのだろう(だから私とは何か、どうあるべきかということに拘る)

116吾輩は名無しである2019/08/23(金) 23:24:41.48ID:ldS8mcIo
北朝鮮のような全体主義国家では、民衆は陰で無能が自明な独裁者の悪口を言ってると思いきや、
性欲などを強く制限された人々は独裁者を無能と知りながら同時に本心で強烈に愛するらしい
オーウェルの1984冒頭でスミスが二分間憎悪をくだらないと思いつつ不可避的に熱狂してしまうようにね

117吾輩は名無しである2019/08/24(土) 12:39:23.66ID:RtAMsMb/
>>114->>116
そういえばカラマーゾフでも心理学に懐疑的な弁護士がいたw

集団は集団への関係を強めるために、社会との分断で連結感を与えようとする特性は、どこの宗教でも程度の差はあれあるんだろうね
集団はそういうものなのだから仕方がない、と言ってもいいと思う

宗教は少なからずカルト性を持たざるを得ないのかな
キリスト教だって、この世との分離を目指していないと言えば嘘になる
だからこそ、宗教をやる人はその宗教のカルト性に飲み込まれないだけの「私」という自我の必要に迫られるのかもしれない
カルト宗教に溺れる人は、原因は宗教団体ではなくその人自身にあるのだろうね

サルトルなんかは同伴者であることにこだわった
党と同調はするけど帰属はしない
人間の目的を選択という自由に託し続けた人だけはある

118吾輩は名無しである2019/08/24(土) 22:27:21.67ID:sDSzpNHC
>>108
>関係を持った時ではなくて喪失した時に「私」が発生するならば、
>「私」という意識を持つには孤立するような状態が必要になる、
>そんな感じなのかな

関係という場合は抽象的な「私」ではなく

「父」としての「私」
「夫」としての「私」
「兄」としての「私」
「弟」としての「私」
「部下」としての「私」
「上司」としての「私」

といった具合にそれぞれの関係性に由来する
「役割」を演じる「私」であり
社会的「役割」である以上選択肢は限られているので
葛藤や不安はそれほど生じない仮にあったとしてもそれは具体的なものに過ぎない

逆に言えばそういった「役割」から解放された「私」には自由があるのだけど
社会的役割を喪失しているが故に思考の他には(とくに行動の)自由は
それほどないわけです
というのは行動をおこす足場たる関係性が無いから

そのかわり抽象的な思考という自由がある
それは抽象的な「私」を基点とする
また、役割がはく奪されているが故にその思考は自分に向かう
その場合いくら掘り下げても何も出てこない
逆に掘り下げていく過程で社会的属性が失われていくので虚無に近づく
地下室人間とはそういうものです

119吾輩は名無しである2019/08/25(日) 00:25:19.21ID:Iv3WJCq3
>>118
思考は主体という自由を持つけど、その思考が行動に移ると即関係が生まれるね
役割を失えば虚無に近づくか、なるほど、対他なくしては生の意味そのもの失いかねない
そういう人物を思い出す

「善悪、すべての偏見から自由になりうるのだが、その自由を手にいれた瞬間、私は破滅する。」(悪霊)

でも無理なのだろうか、と時々思う
多分それは大きく外れた事なのだろうし、ドストエフスキーの言葉を借りれば「神になる(神として存在する)」という観念になるのだけれど

人間は自己原因で存在する、どんな本質にも依らず、何者にも束縛されずただ存在する
そんなことが出来たとしても、スタヴローギンのように虚無に破滅するしか想像出来ないけど、無理なのかな
何て考えだすとニヒリズムに侵されそうで嫌になるw

120吾輩は名無しである2019/08/25(日) 03:05:25.26ID:wI2ZOzfM
苦痛だけじゃなくて美味しいものを食べたときの快感や執着心からも自由になると
暇ですることがなくなるけど破滅する必要もなくなると思う
ドストのニヒリストは何故すぐ死んでしまうん?

121吾輩は名無しである2019/08/25(日) 19:00:01.87ID:mwINNNmW
ニヒリズムって生と死の意味を失うってことだから、生きていても死んでいてもどっちでもよくなるんだろう
どっちでもいいなら死の方が楽だから、破滅するとはスタヴローギンにとって自殺という事と同じではないかな
彼の破滅の本質を一言で言えば、無関心という事

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